目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第15話 リリスとオルタシア その2

「痛い……」


これまで毅然とした態度を取り続けていた彼女から発せられた弱々しい声に思わず、面食らったシンゲンは三呼吸ほど唖然としてしまい固まった。


本当にあの残虐非道と噂のオルタシアなのか。女子供も容赦なく殺し、降伏した1万の敵兵を生き埋めにしたという白き軍服に身を包んだ女将軍とは似ても似つかない。


目の前にいるのは、ただ、怪我をした気の強い女性だ。


そのギャップを目の当たりにすると疑念が浮かんでくる程だったが、聞かなかったことにして、頬を滴り落ちる血を清潔な布で優しく拭い取った。


まじまじと彼女の右眼を見る。矢を受けた左目はもう二度と、光りを映すことはないだろう。シンゲンの顔が曇る。同情したわけではない。まだ会って日も経っていないので、感情移入するには彼女のことを知らなさすぎる。ただ何というのか。ただただ可哀そうだ、と思った。


(――――――こんな綺麗な青い瞳なのに……)


そうを考えているシンゲンにオルタシアが尋ねてきた。


「……どうした?」


シンゲンはその問いに答えようとはしなかった。彼女から視線をそらす。シンゲンの反応からオルタシアは薄々と自分の右眼の状態に気づいたらしい。そっと顔に触れてくる。その指先はわずかだが震えていた。それを悟られまいとしているのか彼女は懸命に耐えているようだった。そんな彼女を見ていることがとても辛かったのだ。


「触らない方がいい……。俺は少しだけなら手当てに慣れているから、俺に任せてくれ……」


少し考え込んだオルタシアは小さな声で尋ねてくる。


「……この傷は酷いのか?」


その問いに再度、確認したシンゲンは眉を潜めた。


「……あぁ。はっきり言う。ほっておくと死に至るかもしれない」

「そうか。そこまで酷いのだな……」


短くでそうつぶやいた。視線を落とし、間を空けたあと、ボソッとつぶやく。


「左目が見えたらそれでいい……それで十分だ……」


その言葉にシンゲンはどう答えたらいいのかわからず、とりあえず、今は手当をしなければと意識を変えた。今はそれしかできなかったからだ。


「しみるぞ?」

「さっさと、やれ」


ぶっきらぼうにも聞こえる口調で彼女は言った。よく見ると両手を拳にして、歯を食いしばっていた。きっと我慢しているに違いないと感じたシンゲンは手早く消毒して当て布を当てていくことにした。包帯を巻き終えるとようやく終わったことを告げた。疲労と消耗が激しかった彼女はベッドに横になった瞬間、死んだように寝息をたてはじめる。よっぽど疲れ切っているのだろう、無防備な姿をみせることに何とも思わないぐらいの深い眠りについたようだ。


オルタシアは眠りながらも細剣を抱きかかえるようにして、ぎゅうと抱きしめたまま放そうとしない。そんな彼女に何か声を掛けようとしたものの結局何も思いつかず口を閉じたままじっと見つめ続けた。


「大切なやつだったんだな。そのマルトアってやつはさ」


独り言のように呟く声に答えるものはいなかったけれどそれでも構わなかった。そんな中で、再び、どこからともなく現れたリリスがシンゲンの背中越しにオルタシアを見つめながら言う。


「愛した者を殺された人間を見ていると実に愉快なものだな」


その言葉にシンゲンは呆れたようにため息をついた。振り返ることなく背後にいるであろう彼女の方に、咎めるような口調で言う。


「そういう性格、何とかした方がいいと思うがな」

「魔女に性格が悪いって言われてもねぇ~」


と笑うだけだったのだが――しかし次の一言だけは笑わず真面目な様子を見せた。どこか寂しげなものを感じさせる口ぶりである。


それはまるで自分とオルタシアを重ねているような感じがした。


「……愛したって、どうせ、失うんだよ。失うことがわかっているのなら、最初から愛さない方がマシ。わたしはそう思う……」

「……リリス」


シンゲンは後ろを振り返る。視線を落とすリリスに対して、シンゲンは告げた。


「お前に何があったのかは知らない。だけど、そんな悲しいことを言うなよ」

「ふっ。お前のような能天気なやつには愛の辛さはわからないだろうさ」


そんなふうに吐き捨てるように言葉を吐いた。それにシンゲンは反論する。ど


「あぁ。俺には愛やらなんやらなんて、わかんねぇーよ。だけど、俺は俺が愛した人は絶対に守り抜く」


自信満々に言うそんな彼に対してリリスは小馬鹿にしたように鼻で笑う。


「守る?どうやって?」

「だからお前の力が必要なんだ。愛する者を守るための力がな」

「あっそう。じゃあ、あんたが、その言葉を果たせるかどうか、このわたしがこの目で見てあげるわ」


ニヤっと不敵そうな表情を見せてそして、嫌みのように告げた。


「あれ、でもさ、そもそも、あんたには愛する人も愛される人もいなかったわよね。プッ」


吹き出して笑った。


「お前、本当に性格が悪いな」


それにリリスは胸に手をあてて、左手を広げる。


「私を誰だと思ってるの? 私は雷月の魔女リリスよ?」


(―――知ってるわ)


内心、突っ込みを入れるのであった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?