回復魔法を発動させる。
『―――ヒール―――』
グロータスの体が淡い緑色に包まれ、火傷した皮膚が徐々に元通りとなっていく。痛みは消え、グローラスは笑みをこぼすと立ち上がり、土ぼこりを払った。
シンゲンは特に動こうともせず、グロータスの行動を観察するように距離を取っていた。
「第二回戦といこうではないか! 異民族!」
それにシンゲンは眉を寄せる。
「そういう考え方、俺は嫌いだ」
「ふっ。ほざけ。異民族めが」
そう言うなり走り出したグロータスはシンゲンへと一気に距離を詰め、横一文字に剣を薙ぎ払った。一閃が走るもそれは虚空を切裂くだけで、シンゲンの姿は目の前から消えていた。
グロータスは気配が背後からしたことに気づき振り返ると同時、剣を振り下ろす。それをシンゲンは半歩下がり避けるものの前髪の一部が斬られる。地面に髪の毛が数本落ちた。
「まだだぁああああ―――――!!!」
グロータスは叫ぶ。振り下ろした剣を続けて、捻り上げ、剣先がシンゲンの鼻先へとかすめた。続けて、胸を狙って刺突する。しかしそれも難なく避けられてしまう。それでも止まらず、さらに連続攻撃を繰り出していくグロータスであったがその攻撃はすべて紙一重で避けらててしまった。
奇妙な動きだ。いつも寸前のことろで避けられてしまう。肌に触れるその瞬間、目に見えない力がシンゲンを守っているかのように雷月の刃が攻撃を防ぐのだ。
「そうか。わかったぞ!! 貴様が戦っているのではないな!!! リリスの仕業か!!」
叫びながらも突きを放つ。しかしこれもまたギリギリの位置まで避けられてしまう。だが、それは予測済みだった。左手でシンゲンの右腕を掴み取り動きを封じることに成功したからだ。
「フハハハハッ!! もらったぞ!!」
高笑いしざま、グロータスはシンゲンの首筋を狙い、剣を振り下ろそうとした。その瞬間、シンゲンが叫んだ。
「雷月!!」
刹那、シンゲンが持っている雷月が眩い光を放たれたと同時に掴んだ腕から電気が全身へと走った。
「うぐぁ??!!」
グロータスは全身が痺れ、剣を手から滑り落とすとそのまま膝を折ってその場に崩れ落ちるようにして倒れた。
シンゲンが見下ろしてくる。雷月の刃先を首筋へと押し当て、まるで処刑人のように冷たい目をしていた。それは先ほどまでの少年ではなく、まるで別人のような顔つきだ。
真っ赤な双眼が光る。グロータスはその顔に見覚えがあった。聖騎士教会が魔女狩りをする際に作ったリストの中に見たことがある人物と同じ表情をしているのだ。
「ま、まひょ……ひこぐに、おちろ」
舌が痺れて呂律が回っていなかったがなんとか聞き取れた。それにシンゲン……今はリリスが口端を吊り上げた。
「フフフ。勇ましいこと。あなたの魂はさぞやおいしいことだろうねぇ」
そういって、雷月の刃先を心臓の位置へと突き立てて、貫こうとした。その時だった。
「殺すな!!」
突然、背後から声がした。シンゲンはハッと我に返り、振り返る。その時には真っ赤な瞳から茶色の瞳へと変わっていて、自分が今、何をしようとしたのかもわかっていなかった。
そんなことには気が付いていないリルがシンゲンを制止したことに怪訝した声を漏らす。
「なぜ、御止めになられるのです? こいつはマルトア団長を殺したやつですよ?!」
「あぁわかっている」
「なら、なぜですかッ?!」
怒気が込められた言葉だった。それは怒りと言うよりも憎しみに近いだろう。感情的になっているリルはオルタシアが止めた理由の意味がわからず、頭が混乱していた。思わず、上官に対して声を荒げてしまった。オルタシアの行動に対して、ミナも同じく理解出来なかったようで、驚き、戸惑い気味だった。眉を顰め納得がいかない顔をして包帯を巻くオルタシアを見る。
三人から見つめられてたオルタシアは、その視線を無視し、小屋の扉にもたれ掛かりながら、グロータスを憎しみを帯びた目で睨みつけていた。彼女もまた心の奥底では、今すぐにでも殺してやりたい気持ちでいっぱいだった。
だが、助けるつもりもさらさらない。オルタシアは唇を噛み締め、白い牙をむき出す。
「こいつはそう簡単には死なせない……」
「え?」
「――――最大の苦痛と生き地獄を味合わせてからだ……。この私の手でな……」
グロータスは睨みつけられていることと冷酷の将軍と呼ばれたオルタシア自ら聞かされた台詞に戦慄が走った。
かろうじて動く視線で周りを見渡す。
三十もいた精鋭の部下たちが全員地面へと伏していた。生きている者は誰もいない。そこに立っているのは血まみれになった女白狼騎士二人。そして、異民の少年、そして、オルタシアだけだった。
ここに居るは自分しかいない と悟ったグロータスは逃げようと考えたが身体が痺れて動かない。
必死に足を動かそうと身体を揺らしたが駄目だった。その姿はなんとも惨めなものだった。騎士としてあるまじき、怖じ気よう。
だが仕方が無い。グロータスにはオルタシアの性格を充分に把握しているからだ。
彼女が屈辱を受けたとき、十倍にも二十倍にも仕返しをすることで有名。あらゆる拷問を尽くし報復を完遂する。それが彼女だ。