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第10話 夜の闇に その2

暗闇に包まれた森の中で眩い閃光が放たれる。


木々にとまっていたカラスたちが空へと羽ばたき、けたたましい鳴き声を響かせていた。


木こりの少年シンゲンとフェレン聖騎士団の筆頭騎士グロータスとの激しい死闘が繰り広げられていた。金属音が鳴り響き、火花が散る。


そして、グロータスが驚かされたのは、目の前にいる少年の力量が常軌を逸していたからだ。


(――――なんということだ……)


まだ十代の半ばに差しかかったばかりであろう少年如きに、自分が押されていることには想像もしていなかった。


剣や槍を使った基本訓練や戦闘経験はそれなりに積んでいる。魔物などを討伐し、修羅場も幾度となく潜り抜けてきた。負けるはずがない。


しかし、剣を振るうごとにその攻撃をことごとく弾き返し、あるいは転じて、反撃してくるのだ。


そして、目の前にいる少年の見慣れない武器と自分の剣刃が触れるたびにどこか違和感を感じた。なにかの魔力を感じたのだ。


つばぜり合いとなり、お互いの身体が強くぶつかり合う中で、グロータスは鼓動が手から伝わってきた。それが自分の心臓の鼓動ではないことは明らかで、視線がシンゲンの持つ武器へと向ける。


ドクン、ドクン――――はっきりと聞こえるほど大きな音をたてて脈打つソレが自分のものではないということに気付いたとき、背中には冷たい汗が流れ落ちた。


「その剣……生きているのか?」


そう尋ねるとニヤリと笑みを浮かべる。


「あぁ。こいつは生きている」


 シンゲンの言葉に合わせたかのように刃先から電気が発せられ、パチパチと音を立てた。その光は徐々に強くなっていきバチッっと弾けるような音を立てる。


「ん? どうした雷月? なに? リリスと呼べ? あぁすまない。あぁ、そうか。お前もそう思うか」


 明らかに武器に語り掛けているように見えたグロータスは眉を寄せた。


(―――会話しているのか。武器と)


普通なら信じられないようなことだが、グロータスも初めて見る光景ではなかった。武器へ悪魔の魂を宿らせて、戦わせる錬金術師がいた。悪魔の強さによって武器は強化され、時には特殊な効果を持つこともあるという。まさにそれだと思えた。そしてリリスという名前をどこかで聞き覚えがあった。


「リリスがお前の魂を気に入ったようだ」


グロータスはようやく思い出す。


「雷月の魔女リリス???!」


その名はこの世界では知らない者はいないだろう。悪名高き雷の魔法を使う魔女の一人。自らの欲の為に多くの人間の命を奪い、永遠の命を夢見て、非人道的な研究をし続けた大罪人だ。フェレン聖教会は彼女に対して、有罪判決を出し、断頭台で首を切り落としたはずだったのだ。それも百年前の話で、名前を聞くのも久しく思えるほど。目の前にいる少年がリリスの名前を知っていること自体に驚く。


グロータスはとにかく、今は距離と取った。


「そいつはリリスなのか?」


警戒しながらも問い掛けるとシンゲンは「あぁ」と短く答えた。


「おのれ、魔女と契約したのか!!!」


 しばらく間が間が空いた。


「――――力を求める者、魔女と契約せよ。血と血の契約を交わし、力を得よ。その代償として、汝の魂を捧げよってやつさ」


まるで本を読んでいるかのような口調だった。いや、おそらく本当に読んでいたんだろう。この少年は自分より遥かに知識がありそうだと感じたからだ。


ただの少年じゃないとは感じていたが、ますます不気味さを増長させていく。相手がリリスと契約を交わしているのであれば、容赦はしない。躊躇すれば自分がやられるだけだ。一気に畳みかけていくしかなかった。


「魔女と契約した者は我らフェレン聖騎士団が断罪してくれる。悪は滅ぶ運命なり!! 我らを導く星の女神スティーファー様、どうか我にご加護を!!」


『―――ホーリー・ライト―――』


呪文を唱えると共にグロータスの身体から聖なる光が溢れ出した。これは聖なる力によって、恐怖を消す聖術の一つ。魔物との戦いにおいては、かなり有効な技でもある。


グロータスは剣を静かに構え、続けて詠唱する。


『―――ホーリー・バースト―――』


聖なる光の奔流を放つ。


これもまたグロータスが得意としている聖魔法の攻撃であった。眩い光の渦は、真っ直ぐにシンゲンに向かっていき寸前のところで、爆発した。激しい爆風により、周りの木々の葉っぱが激しく揺れ、地面は大きくえぐりとられていた。しかし、シンゲンの姿は見えない。跡形もなく消えてなくなった可能性があったが、手ごたえがなかった。


辺りを見回したがどこにも見当たらない。ただ、殺気を感じ取った。感覚を研ぎ澄ませ、視線をめぐらせる。そして、上空へと目を向けた瞬間、稲妻が頭上から降り注いだ。


「なにっ?!!」


逃げることもできず、まともに食らってしまったグロータスは全身に激痛が走り、身体中の力が抜けていった。地面に膝から崩れ落ちる。身体に電気が帯びているようにパチパチと音を立て、視界が歪んでいた。一瞬、何がおきたのかも理解できなかった。


(――なんなのだ……こいつは……)


シンゲンが静かに着地する。明らかに重力を無視したような身軽さだ。だが、グロータスは聖騎士。自分の怪我を癒すことなど、造作もない。

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