――――雄叫びが上がる方向に黒生地に白狼の刺繍が入った軍旗が複数見えた。
砂埃が舞い上がり、真っ直ぐに峡谷へと向かってくるのがわかった。騎馬の速度と隊列から判断して、突撃隊形だった。
「クソ、増援?!」
フェレンせ騎士たちから動揺する声が漏れる。増援に怯んだのを好機と見た白狼騎士らが防御体勢を一斉に解き、剣を掲げながら叫んだ。
「よし! てめぇーらッ!! オルタシア殿下の退路を開くぞッ!! 最期の底力を見せてやれ!!」
「同志達よッ!! ヴァルハラで会おう!!」
「「「「おぉおおお―――――ッ!!!!」」」
「白狼騎士団!! 突撃ぃいいいいいい――――――――!!!」
「「「「白狼騎士団万歳――――――ッ!!!」」」
生き残ったオルタシアの率いていた白狼騎士たちが各々に雄たけびを上げ、指揮官を脱出させるための血路を開く。
フェレン聖騎士たちに狼の如く飛び掛り、剣を左右に振り回し暴れまくった。
まともな戦い方ではない。まさに狂戦士と言うべきか。フェレン聖騎士たちはその勢いに押され、隊列が崩れていった。
包囲していた中央の隊列が、食い破られ、乱戦となる。もはや取っ組み合いとなっていた。
オルタシアの退路が開いた。
その開いた間隙から増援に来た別の白狼騎士らが一気に雪崩れ込み、フェレン聖騎士たちを蹴散らしていく。だが、援軍に来た数は少なく、形勢逆転とはいかなかった。
体勢を整えることは時間の問題だった。
白狼騎士らが乗る騎兵の猛突進によって、フェレン聖騎士たちが怯んているところを狙って、リルが横たわるオルタシアの近くまで近寄ると、飛び降りる。そして、彼女を抱きかかえたところで、続いてやって来たミナの馬に乗せ、自らも馬に乗るなり、再び走り始める。
援軍としてきた白狼騎士らも彼女らに続いて、馬首を翻し、順次に離脱し始める。
逃がしてなるものかと追撃しようとしたフェレン聖騎士たちにオルタシアの護衛でもある白狼騎士たちが、追撃を撹乱させるために四方八方に散らばっては殿役を務めた。
そのやり取りはまるで事前に準備されていたかのように手早く、段取りがよかった。それには違和感を覚えたグロータスだったが、気が付いたころにはもう何もかもが遅かった。遠のいていく馬影をただ見送ることしかできなかった。グロータスは悔しさのあまりに自分の太ももを何度も叩きつけた。
「……やられた。えぇい追撃隊を出せ!!! ラゲッツ!!! 全ての聖騎士を動員しろ! 何がなんでも絶対に逃がすな! オルタシアの首を取るまで、帰るなと伝えろ!」
グロータスの副官ラゲッツはそれに戸惑いながらも頷く。
♦♦♦♦♦
数刻が経った頃。夜遅くに王都ルアンで知らせを待っていたルナティタスにオルタシア暗殺に関する最初の一報が入る。彼はその報告に目を見開きつつも問いかけた。
「いま、なんと言った?」
報告に来た騎士が冷や汗を垂らしながら頭を下げてもう一度、告げた。
「……白狼騎士団団長マルトアの殺害に成功しました」
白狼騎士団団長マルトアは死んだ。それは待ち望んでいたことだった。思わず、踊りたいほどだったが、それ以外の報告内容はルナティタスにとって、最悪だった。
オルタシアは生きている。
それを聞いた瞬間、ルナティタスは発狂したくなった。
当初の予定では、二人をまとめて殺害する計画だったのに、一人を殺しそびれたというのだ。
数か月にも及ぶ計画が台無しになり、怒りが込上げてきた。眉間にしわを寄せて怒気を目に帯びる。こめかみの血管が浮き上がり、今にも弾けそうだ。
気持ちを落ち着かせるために食卓にあった空になった杯に新たな葡萄酒を注ぎ入れる。そのまま一気に喉に流し込むと食卓に杯を叩きつけるように置いた。衝撃音で、伝令にきた騎士は身体をビクつかせる。
ルナティタスは酒気が混ざった息を吐くと長椅子から立ち上がり窓に近づいて、そこから見える王都ルアンの街並みを眺めた。
(――――――グロータスめ……しくじりおったな……)
フェレン聖騎士団の中でも忠誠心の高い男を選んだつもりだった。しかし、剣の腕はそんなに優れてはいなかったようで、ルナティタスは人選にミスがあったことを悔やんだ。
このままでは、まずい。もし、フェレン聖騎士団が白狼騎士団に攻撃を仕掛けたことがバレれば、フェレン聖騎士団に命令したルナティタスの仕業だとわかってしまう。
前々からマルトアが自分のことを姑息にも探っていたことは知っていた。彼は間違いなく、集めていた証拠をオルタシアに何らかの方法で渡し、自分に突き出してくる。そうなれば、反逆罪で嵌めるはずが自分が吊るし首になる。ルナティタスは自分が処刑台で吊るされることを想像してしまい、首元を手で擦った。
ここでルナティタスは考えた。
どうしたら、自分の有利になるのかを。最初に浮かんだのはオルタシアに濡れ衣を着させる方法だ。彼女がマルトアを殺害し逃走した。そう大臣らに説明すればいい。
だが、それでは、オルタシアが生きて帰ってきたとき、すぐにバレてしまう。
そもそもオルタシアがマルトアを殺害する動機が必要だった。喉を唸らせたルナティタスにどうすればいいのか、恐る恐る騎士が尋ねる。
「……いかが致しましようか?」
それに今の状況を確認する。
「この事は他の大臣たちには入っているのか?」
「いえ。まだ何も」
ルナティタスは顎に手を添え思考した。ここであることを考えつく。それはオルタシアが帰って来る前に、ユランを女王を立てればいいのだと。
そして、自分がユナンの名の元で権限を最大限に活かせば、彼女をどうとでも出来る。むしろ今が好都合だ。オルタシア派の連中は白狼騎士団内部にしかいない。白狼騎士団はマルトアが居なくなったことによって機能不全に陥っている。その隙に星空教会の勢力を強め、白狼騎士団を異端組織の容疑で解体させればいい。
星空教会の勢力拡大には、まず邪魔な大臣らをどうにかしなければならない。考えがまとまったルナティタスは笑みを浮かべながら頷くと言った。
「明日、大臣らを余の別邸に呼んでもらいたい」
「は? ……なんと言って集めれば?」
それはお前が適当に理由つけしろ、と言って手のひらを振る。
騎士は困惑と訝しむ表情をしたが畏まりました、と述べて部屋から出て行った。足音が遠のき居なくなったことを確認したルネティタスは企みの声を漏らす。
「まず手始めに内側を固めなければ、な……」
部屋の片隅で控えていた禿頭で顎が出ている男に声をかけ、命じる。
「余の私兵を30ほど別邸に待機させろ。合図があるまでは出てくるな」
「……わかった」
感情のない返事が返っている。顎が出た男が部屋を辞そうとすると、ルナティタスが付け加える。
「いいか? 裏門から入れ。あと、使った得物はどこかに隠せ」
「……わかった」
「本当にわかったのか?」
「……ん?」
首を捻る。顎がやけに出た男に対して、ルナティタスは頭を抱え、手の平を振ってさっさと消えろ、と促す仕草をした。