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第6話 団長の死

 オルタシアは視線を泳がせ動揺する。彼女は叫びたかった。


 だが声には出さなかった。そんなことは将たる器がするものではない、とわかっているからだ。冷たくなったマルトアを両腕で胸の中に抱き寄せる。白銀の鎧が赤く染まった。


 オルタシアは彼を失って初めてわかったことがあった。それはいつも隣に居てくれた彼に自分が依存していたこと。


 これほど、彼を失って孤独を感じたことはない。いつも彼からの的確な指示が無くなり、どうすればいいのかわからくなった。


 途方に暮れていたオルタシアの目に蛮族らの後ろの方で憎たらしい笑みを向けていた男が見えた。黒染め甲冑に身を包み、黒色短髪、頬に傷跡がある大男。


 そいつにオルタシアは凝視する。


 なぜなら見たことがある男だったからだ。直ぐに名前が頭から浮かぶ。


「貴様、グロータスか?!!」


 グロータスと呼ばれた男はふん、と鼻で笑う。


「ようやく気がついた。だがもう遅い。マルトアは死んだ……」


 低い声でそう言ったグロータスは弩を手に持っていた。マルトアも騎士だ。不意打ちだったとはいえ、彼も矢を防ぐくらいの技量はある。


 だから、マルトアに矢を射ったのが彼だとわかった。グロータスはフェレン聖騎士団の中で凄腕の騎士だ。混戦の中でも狙って矢を撃つことも容易だろう。そんな彼はフェレン聖騎士団とアルデシールに絶対の忠誠を誓っている。そのため彼が裏切ることは絶対に有り得ない。ふとオルタシアはマルトアが訴えかけていたことを思い出しこの状況を悟った。


(――――――そういうことか……)


 フェレン聖騎士団は前々から白狼騎士団の活躍ぶりが気に入らなかった。そもそも白狼騎士団に入った者はみんな身分もない者ばかりだ。


 騎士になるためには、アルデシールの常識で考えて貴族出身でなければ、許されないことになっていた。


 規定などはなかったが、そこは暗黙の了解である。極稀に武勇に優れた一般兵が騎士になったこともあったが通常は有り得ない。


 貴族ばかりで構成された騎士団、それがフェレン聖騎士団である。


 武芸に優れた者が多いのは確かだが、大抵が質の悪い騎士だ。マルトアも同じく、貴族出身者ではなかった。フェレン聖騎士団に入ろうとしたが、門前払いされた。


 マルトアは力があるのに騎士になれないのはおかしい、そう考えて、だったら、と自分で騎士団を創設した。それが白狼騎士団だ。


 白狼と名前をつけた由来はとある昔話に出てくる白い狼が元となっている。


 白い毛皮の狼が森の中で捨てられた少女を助け、育てるという物語で、人を食べず、育てる、という普通に考えてありえない物語だった。


 しかし、実際にその伝説の痕跡が残されており、信憑性も高かった。


 その白い狼の優しさと種族を超えた愛に感銘したマルトアは自分の騎士団もそうなりたいと名をつけた。


 貴族らには馬鹿にされていたが、貧しい民からはどんな身分でも入れる憧れの騎士団だった。どんな人間でも騎士団へ受け入れ、一から鍛え上げた。


 白狼騎士団は徐々に大きくなり、やがて、フェレン聖騎士団よりも力をつけ、アルデシールの主力にまでになった。


 どうして、そこまで大きくなったのか。


 理由はこうだ。


 彼らは貧困の者たちはどん底から這い上がり、失うものはなにもないため、プライドも財産も守るべきものは自分の命だけ。だから、戦って、戦いまくれる。


 貴族らは自分の威厳、プライド、財産などいろいろ気にして戦わなくてはならず、自分の保身のためにしか動かない。


 しかし、白狼騎士団は違う。


 戦って、戦いまくり、死んだらそれで終り。それだけのことだった。


 オルタシアが王宮内でも話題となっている白狼騎士団に興味本位で、入りたい、と言われたとき、マルトアは驚いた顔をしたことを思い出す。


 王族を騎士団に入れることはさすがに恐れ多いとマルトアは賓客として、向かい入れた。


 彼女もプライドを持たず、怖いものはなにもなかった。あそこまでの冷酷なまでの戦いができるのである。そんな功績と名をあげる彼は貴族らにとっては目障りだった。


 民の噂でマルトア暗殺計画の話をオルタシアの耳に入っていたことがあった。彼もそれを把握していた。だがまさか本当に実行するとはオルタシアも予想していなかった。マルトアが戦場に出てきたこと、北方蛮族の謎の行動の理由が繋がり、彼女はようやくこれが別の意味の罠だとわかった。


 マルトアを慕う者は数多くいる。王都ルアンで暗殺を謀ろうならば、批判が大きいだろう。


 だが、蛮族との戦闘で戦死した、となれば、誰も文句は言えない。


 フェレン聖騎士団は王国の騎士だ。誰かの命令でなければ、単体では動けない。となれば影で操る別の者かがいると睨んだオルタシアは怒りが込上げてきた。


 マルトアの冷たくなった身体を再び抱き寄せ、唇を噛み締め、血が滲み出る。オルタシアがここまで、怒りを露にしたことはなかった。彼女はマルトアの亡骸に愛おしそうな顔をしたあと、彼の唇に最後の別れの接吻をする。


「――――――今から、お前の仇、取ってやるからな……」


 優しい声音で語りかけたあと、彼を地面にゆっくり置く。髪の毛を数度、撫でたあと、彼の愛剣である“カルス”を手に取る。


 カルスという武器は彼の特注で造らせた剣だ。通常の剣より刃が細くなっており、連撃や刺突に向いている。カルスの柄を握り締めたオルタシアは立ち上がるとグロータスを睨みつける。


 グロータスは意外なものを見るような顔をした。


「貴女でもそんな顔をするんだな」

「黙れクソ野郎が……」


 オルタシアの怒気が帯びる。白狼騎士らもマルトアの死で怒りの牙を向けた。


「よくも団長をっ!」

「そうまでして、我々を潰す気か!」


 それにグロータスが反論する。


「我ら王国の為、秩序のためだ!」

「なにが秩序だ!」

「騎士は貴族、民は兵士。貴族がこの王国を導く。貴様ら民ではない!」


 貴族派の者は、王国に新しい風が吹くことを警戒していた。それは、身分の低い者が、自分たちに変わってアルデシールの中心になることだ。現にマルトアを推す者が彼に爵位を渡そうという話も出ていたぐらいだ。


 そうなれば、これまで築いてきた権威を奪われることになる。なんとしてもそれだけは阻止したい。


「私にはそんなこと、どうでもいい。気に入らないのならわざわざ気に入られようとは思わない。だが、貴様らだけは許さない。私を“怒らせたらどうなるか”その身で味あわせてやる」


 オルタシアに風がまといつく。彼女の身体から滲み出す覇気に蛮族らは後退りした。


「ひぃ」

「臆するな! やつは既に力を使い尽くしている! 攻撃を続けよ! 奴は所詮、人間だ! 必ず限界が来る!」

「その限界が来る前に、貴様らを全員、細切れにしてやる! 最大の苦痛と共になッ!」


 蛮族らが、オルタシアへ剣を構えて、挟撃するように迫って来た。


「白狼騎士団! 我々の力を見せてやれ!」

「「「おう!」」」


 絶望的な局面でも白狼騎士は諦めない。彼はの主への主従愛が強いからだ。仲間が倒れようとも動じず、敵に剣を振り下ろし背中を仲間に預けて奮戦する。


「くっ! なんという結束力……やはりオルタシアを殺さなければ……」


(――――――このままでは……別働隊が到着してしまうな)


 予想以上に粘るオルタシア隊にグロータスは焦った。そんな彼の元へ待っていた部下が報告に来る。


「グロータス卿! 準備できました! いつでも発動可能です!」


 それにグロータスは怪しい笑みを浮かべる。


「よし直ちに発動させろ!」


 続けてグロータスは右手を高く掲げ声を張り上げる。


「フェレン聖騎士団! 今だ! オルタシアを完全包囲せよ!」


 グロータスの号令で、渓谷中に喚声が上がる。その喚声の凄まじさに尋常ではないほどの兵数を物語る。渓谷の出口を塞ぐように、緑の旗に星の刺繍が入った軍旗を持った軍団がオルタシアの両側面に現れる。


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