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第5話 謀殺の計画 その2

 ルナティタスがオルタシア暗殺をほのめかす発言をしてから数日後のこと。


 この日は雲一つない快晴だった。風が気持ちよく、野原で大の字になって昼寝でもしたいぐらいにいい天気だ。


 オルタシアはアルデシールの主力である白狼騎士団の騎士300とその団長マルトア、それにアルデシール軍500を引き連れて、北方蛮族討伐の為、軍を進めていた。


 道中、マルトアがオルタシアの横顔を覗き込んで微笑んだ。茶色の双眼がオルタシアの姿を映す。


 そよ風に髪をなみかせ、まるで、絵画の戦乙女のように見えたマルトアは彼女に声をかける。


「今日も綺麗だねオルタシア」


 それにオルタシアはため息を吐く。


「まったく、お前は本当に……相変わらずだな……」


 オルタシアは呆れと共に意外にも、まんざらでもない顔で視線を送る。


 彼女はいつも威圧的な態度を取るが、マルトアだけは違っていた。


 それを羨ましいと口を尖らせ、嫉妬する女性白狼騎士たち。


 マルトア以外にオルタシアにそんな口説くような言い方をすれば、すぐさま、首と胴体を引き剥がされるだろう。


 それか彼女の最近の流行りである馬裂きの刑かもしれない。


 オルタシアは自ら黒色短髪の青年に馬首を近づけると、彼の鼻を中指で弾く。


「あいたっ」

「ボーっとしていると、やられるぞ?」


 それにマルトアは一笑いする。


「アハハハ、この僕が? まさか、ありえないよ~」


 マルトアの表情は自信に満ちていた。彼の自信には理由がある。


 オルタシアのように圧倒的な力を持っているわけでもないし、特別優れた能力を持っているわけではない。


 しかし彼には頭脳がある。戦場の動きを敏感に察知し、部隊に的確に指示が出せる。


 彼の中で、戦場において、正確でスピードが命だと自負している。兵士らや騎士らの感情や状況もよく理解しており、心を掴むカリスマ性を持っていた。


 まだ二十一歳にも関わらず、アルデシール国で精鋭最強ともいわれる白狼騎士団の団長をしているのだ。


 彼が直接戦場に出ることはほとんどない。


 陣地でどっしり構えるスタイルだ。見た目通り、彼は臆病者なのだ。それでも彼の性格を充分に理解し、さらにむしろ戦場に出ないで欲しい、敵は我々が倒すから、と白狼騎士らはみんな同じ言葉を言う。


 彼に熱い信頼を抱いているようだ。彼を守るためなら身を呈してでも守る、彼の役に立つならと、そう意気込む者も多い。


 だから、彼が負傷することは有り得ない。今も女白狼騎士らに四方を囲まれ、手厚く守られているのだから。


 オルタシアもマルトアの有能を認めていて、熱い信頼とまたなにか違うものを心に抱いていた。


 彼女本人はそれがなんなのか気が付いていないようだが。


 オルタシアが小首を傾げる。


「なんでだろうなー。お前の笑みだけは……許せる。……他のやつがしたらイラつくのだが」


 尻目で男性の副官へ視線を向ける。副官らが生唾を飲んで、視線をさりげなく、そらした。


「フフ。それは、もう僕の魅力の虜なっているんだよ?」

「ったく。だから、口説くな!」


 彼が痛くないように気を使いながらマルトアの頭を軽く叩く。。


「私は戦いに生きる将だ。まぁ確かにお前に好意は抱いている……。そ、それは、恋愛とか、ではないと……思うが……」


 最後は小さな声で言った。また、女白狼騎士らが口を膨らませる。


 そうこうしていると小高い丘の下に占拠されたシユエン川の川沿いにある古城が見えてきた。オルタシアが眉を顰めると一言、感想を述べる。


「あれが古城か? 城というよりは砦だな」

「そのようだね。確か夜逃げしたアトランタス男爵の居城のはずだよ」


 アトランタスは毎日のように北方蛮族に攻め続けられ、耐え兼ねた彼は夜のうちに任された国境警備を放棄して他国へ亡命したのだ。


 今では、誰も国境警備の任に行きたがらず、そのままになっていた。古城の造りは、簡易的なものだった。


 木柵と掘りぐらいしか守りの備えがなく、城自体も木造で築かれている。これでは、防衛戦などまともに出来ない。


 とはいえ、蛮族程度には、充分だろう。彼らに、攻城戦をするような技術もなければ、頭もない。


 少し呆れ顔で二人は古城を見下ろしていると、先に出していた斥候が報告をするため帰ってきた。不思議そうな顔で、上官らに報告する。


「報告します。古城には蛮族数百ほどしか居ません。情報より少ないようです」


 それにオルタシアは顎に手を添えて、何かを考えるような顔をした。


「どうする? 罠のような気がするが?」


 マルトアの指摘はオルタシアも気がついていた。


 出陣する際に聞いた報告では2000の蛮族がいるはずだが、それが数百しかいない、となると、どこかに伏兵を置いてある可能性がある。


 彼らにそんな頭脳があるとは思えないが、慎重ほど、悪いことはない。


 相手の拠点となる場所はとにかく、潰さないと今後が厄介になると考えたオルタシアは頷いたあと、マルトアに告げる。


「籠城戦と伏兵か。頭の良いやつがいるな。なら相手に奪われるようなハリボテの城など不要だ。焼き払おう」


 そういうと、空を見上げて、オルタシアは微笑む。


「火責めにはもってこいの日だ」

「それは敵ごとか?」


 それに勿論、と迷うこと無く彼女は即答した。


「君は本当に残酷なことをするね?」

「私を見損なったか?」


 肩をすくめてそう尋ねた。マルトアは顔を横に振り笑みを送る。


「まさか。頼もしいよ。君が居てくれて」


 オルタシアはマルトアからの微笑みに、なぜかドキッとしてしまった。彼女は頭を左右に振る。


「じゃああとの指揮は頼む。私は炙り出された奴らを細切れにしてくる」


 剣を引き抜いたオルタシアは後方で控えていたアルデシール兵に合図を送って、馬の腹を蹴り丘を駆け下りる。それにアルデシールの騎兵が続いた。


「くれぐれも気をつけて!」


 味方を見送るマルトアはオルタシアに心配した声を送る。


 彼女は後ろ目で彼を見て、手の平を振って応えた。


 オルタシアは国境の側に進み、相手からの矢が届かない程度まで古城に部隊を寄せる。


 横隊になって、相手の退路を奪う。


 オルタシアは大胆にも相手が出てくるのを誘っているように見えた。際どい戦い方をいつもする。


 それにマルトアは苦笑いした。蛮族らはやはり、罠を敷いているのか、古城から出ようとはしなかった。


「まぁ、わざわざ、出てきて危険を冒すよりは中に籠って、戦った方が賢いけどね」


 一人の白狼騎士が尋ねた。


「どうしてです?」

「簡単な話だよ。籠城戦をする場合、城壁やその他障害物などで敵の足を止めることができるから少ない兵士でも対処できるんだ。とは言っても、限界はあるけどね」


 それに白狼騎士らがなるほど、と相槌を打つ。


 丘の上から古城は丸見えなのでマルトアには蛮族らが古城内で人影見えると慌てている様子が確認できた。


「可哀想に……」


 マルトアはそう同情をする声を漏らす。


「火責めがですか?」


 控えていた金色短髪の女騎士が尋ねた。


「そう。僕はあまり、好きじゃないんだよね」


 まとっている白銀色の鋼鉄の鎧の胸あたりを手をそえた。


 身体から優しさが滲み出ている。辛そうな顔を見ると、なぜか支えたいという気持ちになってしまう。


「それに後処理が大変だし……」


 マルトアがいう後処理とは、遺体の埋葬のことである。


 人が焼け死んだものを見るにはかなり精神面でくる。彼はそれが苦手だった。


「貴方様はここで、見ておられたらいいのです。我々がやりますから」

「ありがとうリル。いつも助かるよ」


 熱い視線がリルに向けられる。


 彼女は敬愛している団長に見つめられるという恥ずかしさに思わず、視線をそらしてしまった。声音を弱め、小さくつぶやく。


「こ、これが……あたしの役目ですから……はい……」

「可愛いやつだな」


 頬を人差し指で突かれ、敏感に反応したリルは耳を真っ赤にした。


「や、やめてください……兵らが見ています」

「ごめん、ごめん」

「まったく……団長ときたら……」


 リルはため息を吐いたあと、気持ちを切り替えるようにマルトアに告げる。


「では行って参ります! いくよミナ!」

「マル様行って来ますね!」


 黒髪で後ろに束ねている女騎士ミナはマルトアに会釈したあと、リルと共に別の方向から弓隊と護衛の騎兵隊を引き連れて丘を駆け下りる。


 マルトアは彼女らに微笑みながら手の平を振って見送る。


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