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第2話 森の中で その2

 ジパルグ民族―――――それは極東の島国に暮らす戦闘民族である。


 そのジパルグ民族の中で、西方大陸で有名となったのは“ミネルヴァ”という女剣闘士のことだろう。


 彼女は、剣闘士奴隷として、この西方大陸に無理矢理、連れてこられ、毎日、死と向き合う戦いを行っていた。


 彼女も多くの人間と同じく、そこで死ぬはずだった。


 だが、そうはならなかった。


 運命が彼女に味方したのである。一人の富裕貴族に買い雇われ、そこから大陸を駆け巡り、主の前に立ちはだかる全ての敵をたった一人で蹂躙し翻弄したのだ。


 さらには、一騎当千するなどの強大な力を持ち、軍団をも全滅させた、と言われている。


 今ではそれが神格化され、崇高な戦女神として崇められている。


 だからこの大陸で彼女を知らない者はいない。


 とはいえ、数百年前の話で、本当かどうかは謎だ。話は大袈裟に語られるのが常である。


 だが、ミネルヴァのお陰で極東の島国ジパルグはどの国にも攻め込まれず、侵略されることはなかった。


 どんな暴君でも偉大なる歴代の皇帝だったとしても、その国を攻め込むという決断はしなかった。


 昔は少なかったジパルグ人だったが、今では、大型帆船が東洋にまで渡航できるようになったことで、ジパルグ人が西方大陸に移り住むこともそう珍しくなくなった。


 話を戻して――――ジパルグ人であるシンゲンが目の前にいる女騎士二人に尋ねる。


「――――――で、あんたたちは?」


 それに忘れていた、と言う顔をした金色短髪女騎士が簡単な自己紹介をする。


「あぁ紹介が遅れたな。あたしの名はリルだ。んで、こっちが―――」


 黒髪を後ろに束ねている女騎士が丁寧な礼をしてから言った。


「ミナと申します」


 とても清楚な感じが出ていた。こんな優しそうな顔をした人でも騎士になれるのか、とシンゲンは感心した。


「んじゃあ、この人は?」


 シンゲンはさり気なく、相手が何者かを探ろうとした。


 視線をベッドに横になる茶髪の女に向ける。


 見つめられた凛とした茶色髪の女騎士はわざとらしく目をそらす。


 そこに怒りかなにかが漂っていた。


 リルが割って入って来る。


「残念だが、それは秘密だ」

「そうか……」


 それ以上はシンゲンは訊こうとは思わなかった。


 どこか危険過ぎると判断したからだ。


 そんなとき、小屋の外から複数の馬蹄の音がした。


 ミナが急いで、窓から外を確認する。


「まずいわ! フェレンよ!」


 リルは、厳しい顔をし剣を引き抜く。


 遅れてミナも剣を抜いて、扉側に寄りかかった。リルが尋ねる。


「数は?」

「追っ手は恐らく、三十ほど。騎兵もいるようね」

「くっ……それは厳しいな」


 誰かを追うときは、必ずと言っていいほど、手馴れの者を使う。


 それは確実に逃走者を捕まえるか、殺すためだ。


 反撃してきたとしても、それをものともせず、切り伏せるだけの力を持つ者を人選として選ばれる。


 リルとミナが、怪我をしている女に指示を求めるように視線を同時に向ける。


 それに応えるかのように、弱弱しい声で言う。


「やり過ごせ……」

「わかりました。シンゲン君、手を貸してもらえるかしら?」

「え? 俺は何もできないけど」

「出てもらうだけでいいの。やり過ごせたらすごく助かるわ。お礼もする」


 シンゲンはこの状況を考えると、この三人はなんらかの理由で追われていると察した。


 となると、今、自分はその追われている者を匿っていることになる。


 そうなると、この三人と同罪または匿ったとして、捕まるか、殺される可能性がある。あと、清楚な雰囲気のあるミナからのお礼が、なんなのかが気になり、味方することにした。


「わかった。なんとかしてみる。リル、ミナはこの人を奥の部屋へ。もしなにかあったら、裏口から逃げてくれ」

「ありがとう。助かるわ」


 リルとミナが茶髪の女を担ぎ、奥の部屋へ連れて行ったタイミングで、扉が三回ノックされる。


 その瞬間、心臓の鼓動が激しくなった。返事しないと怪しまれるので、返事したあと、長棚にあった刀をすぐに手が届く位置に立てかけてから扉を内側に少しだけ開ける。


 扉の前にはいかにも屈強そうな男らが黒いフードを被り、眼光を光らせながらシンゲンに軽い会釈をしてきた。


「夜分遅くに、すまないな」


 フードの間から見える鎧の紋章を一瞥する。


(―――――星の紋章……? 見たことがないな……)


 視線を目の前の男へと直し、答える。


「別に構わないさ、で、なにかようか?」


 シンゲンの図々しい態度に騎士の一人が眉を動かせた。かなり、プライドが高そうだ。しかし、目の前にいる隊長各の男が顔色変えずに尋ねて来る。


 追っ手として必要のないすべてを排除し、ただ追跡することを目標としているのだろう。彼は淡々と言う。


「この女を見かけなかったか?」


 懐から一枚の人相書きを取り出して、それをシンゲンに見せた。


 その紙に描かれていた絵は先程、匿った茶髪の女とそっくりだった。


(――――――やっぱり……)


 シンゲンが人違いでないことを確認すると、すぐに首を横に振って否定した。


「いや、見ていないな」


 その回答に黒装束の大柄の男は目を細めた。何かを疑うようにじっと見つめる。


「嘘を言ったら許さんぞ」


 若い血の気の多そうな騎士が怒気の混じった声を上げた。


 それにシンゲンは苦笑いしたあと、適当に思いつた言い訳をした。


「ここは小さな田舎村だからな。誰かが来たら、すぐにわかる。宿屋に居ないなら他の村じゃないのか?」


 宿屋を先に見てきたのだろうか、若い騎士が眉を顰めてから、リーダー格の騎士にささやく。


「やはり、ここには居ないのでは? 別の村、あるいは、森の奥に隠れているのかもしれません」


 リーダー各の騎士が何か思考した顔をしたあと、小屋の床に視線を落とす。


 嫌な数秒の間が空いた。


「ところで……なぜ、床に血が落ちているのだ?」


 シンゲンは驚いたように慌てて視線を床に向ける。


 すると、血が滴り落ちていた。思わず、肝が冷える。


 目の前の隊長各の騎士の目が光った。


 後ろの方に控えていた騎士らも目を細め、剣柄に手をかけた。


(―――――やばい、やばい、やばい!!!)


 そんなとき、女性の声がした。


「うおおおおおおおお――――――!!!!」


 リルが裏口から外へ出て、回り込んでいたのだ。


 騎士らの側面から斬りかかる。


 一瞬で、二人の騎士を斬り倒した。


 騎士らがリルに身体を向けた瞬間、今度は反対側からミナが木影から突然現れる。


「白狼騎士をなめなっ!」


 ミナは振り返ろうとした騎士の背中を斬りつけ、別の騎士の腹部を横に斬りつける。男の悲鳴と血が地面に飛び散る。


 仲間を殺されたことに怒りの声を上がる。


「己!! 後ろから攻撃とは!! この卑怯者!」


 怒声を上げた騎士の一人は剣を振り下ろすも、その一撃はミナを捉えることはなかった。ミナは素早く後退して避けていたのだ。そして踏み出して、再び二人は剣をぶつけ合う。


 リルが叫びながら間に割って入り、ミナと対峙する騎士を斬り捨てた。


「お前らに言われる筋合いはない!」

「そうよ。この裏切り者ッ!」


 少し離れた場所から増援がやって来る。後方で待機させていたのだろう。リル、ミナを殺そうと殺到した。


 多くの男たちの中、二人の女性は臆することなく、そして、負けることがなかった。


 リルは力強く、剣を振り、ミナは的確に相手の急所を斬りつける。


 何が起きているのか、理解できず、戸惑っていたシンゲンだったが、冷静になって話の内容を聞いてみると、どう考えても、男たちの方が悪だ。


 何よりも、か弱い女性たちを取り囲み、殺そうとしている奴らを正義とは決しておもえなかった。


 となれば、シンゲンが取る行動は決まっている。


「俺も加勢するぞ!」


 側に立てかけていた刀“雷月”を手に取り、勢いよく、抜刀する。


 それにリーダー格の男が反応し険しい顔をして、怒気を向けてた。


「やはり、貴様!!! 匿っていたな!」


 身体をシンゲンに向けて、剣先を向けてきた。


 シンゲンも雷月を構えるとリーダー格の男が怪訝する。


「なんだ、その妙な武器は……?」


 黒テカリする刀身。刃先は鋭利で長く、背に向かって少しだけ湾曲している。


 西方大陸ではあまり見ない武器だった。


 そして、その武器からは怪しい光を帯びている。


 リーダー格の男は不思議に思いつつも見据えたまま、己を明かした。


「まぁいい。俺は星空教会に仕えるフェレン聖騎士グロータスだ」

「名乗るのなら俺も名乗らないと失礼だな。俺の名はシンゲンだ」

「シンゲン……だと? なるほど。貴様も異民か。アルデシールはこんなにも安易に異民を受け入れるようになったのか、なんとも情けない」


 グロータスはため息を吐いて頭を抱えた。


 どういう意味だ、とシンゲンが尋ねると怒りの混ざった声音で答えた。


「アルデシールは純潔の国でなければならない。異民族、異端の者がこの国に入ることで、秩序が崩壊する。それは許されないことだ。だから俺たちが全て排除する」


 シンゲンは呆れた声を漏らす。


 最近、異端者狩りという事件が横行していたことをシンゲンは知っていた。


 それに異民族、つまりは、自分たちへの風当たりが厳しくなっていたのも知っていた。


 だから、王都ルアンに行くタイミングを落ち着くまでは先送りにしていたのだ。


 辺境の地域ではその考えはあまりなく、みな、心優しく受け入れてくれる。


 グロータスの言葉を聞いた瞬間、都市の人間だと直ぐにわかった。


 それらの仕業がフェレン聖騎士団だったと初めて知ると、憧れていたフェレン聖騎士に落胆する。こんなやつらが弱い民を守る騎士、なのかと。


 呆れてしまった。


「お前もお花畑の理想を語る輩か……。腐っているな、身も、心も……」


 グロータスはシンゲンの言葉を耳にしたあと、無言のまま、剣を構えた。会話はそのあと途切れ、三呼吸ほど、置いたあと、グロータスが睨みつけたあと、仕掛けてきた。剣先を突き出す。


 シンゲンはそれを雷刀で防ぎ、眩い火花が夜闇に散った。

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