――――――深い森の中、拓けた場所に小さな集落があった。
集落の外周には魔物や盗賊から村を守るため、心もとない木柵と櫓が建てられ、民家は一般的な木造作りで、屋根は藁でできている。それで雨や雪を凌いでいた。
都市からかなり離れた田舎の村だったため、宿屋も一軒だけ。人の往来も少ない。
近くに街などもないので、行商人が通ることもあまりなかった。
この村の唯一の自慢と言えるのは、石が敷き詰められた立派な舗道くらいだろう。
そんな貧相な村から、さらに外れた場所に小さな小屋がある。
そこに一人の少年が住んでいた。
彼は異国人だったが、村の人間らと親しく、出会うと直ぐに愛想の良い笑顔を振りまく。
村一番の“美男子”と言われるほど。
そんな田舎村の少年が抱く夢は偉大で、大きなものだった。
それは、この国の“騎士”になること。
アルデシール王国の騎士は誇り高く、栄光に包まれ、国民に慕われていた。
誰もが憧れる職業の一つである。
少年は憧れを抱いた騎士になるために、まず初めにアルデシール王国の王都ルアンに向かうため、資金を貯めているところだ。
彼は毎日、せっせと木を切り、加工して、建物の木材として、定期的にくる大工や仲買人に売って稼いでいた。
あまった木材はそのまま、薪にする。
薪は村人に売ったり、物々交換をしたりと少しでも金貨が貯まる工夫をした。
木こりになった理由の一つは体力をつけることだ。
重たい鉄斧を毎日振り下ろしていると、勝手に筋肉がつき、たくましくなれる。
これぞ、一石二鳥だ、とそう自分の心の中でつぶやく。
今日も夜遅くまで、木を建物として使う木材にするための加工をしていた。
そんなとき、何かの気配を感じた。
暗闇の中、蠢く複数の影が灯りがついている自分の小屋に向かって迫ってくる。
木こりの少年は息を呑み、手に持っていた斧で構え、声をあげた。
「誰だっ!?」
その声に影が止まる。すぐに声が返って来た。
「―――怪しい者ではない。すまないが、助けてもらえないか? 怪我人がいるんだ」
敵意のない声がしたあと暗闇の中から三人の女性たちが現れた。
一人は重傷で右眼を怪我しているのか、包帯で覆うように巻かれて、二人の女性に担がれている。
それを見た瞬間、少年の人の良さが出た。
「だ、大丈夫か?! なにがあったッ?!!」
木こりの少年は持っていた斧を重ねて積み上げた木材の側に立てかけ、駆け寄った。
三人の女性たちの身なりは白銀の鎧に立派な剣を腰に吊っている。激しい戦いのあとか、ところどころ斬り傷や埃と泥で汚れていた。身なりからして、すぐにどこかの騎士団だと少年は悟った。
となると、ぐったりとしているのは、負傷した騎士は貴族か指揮官なのだろう、と予想した。
しかし、怪訝することがあった。
なぜ、こんな田舎村に騎士が? と。
その考えは置いておき、怪我をしている茶髪の女の肩を担ぎ、小屋へ招いた。
小屋に入ったあと、すぐさま、茶髪の女を自分のベッドへ横にさせる。
それを見ていた金色の短髪の騎士が礼を述べる。
「すまない。助かった……」
後ろに黒髪を束ねる女騎士は小屋の窓から身体を隠しながら外の様子を窺っていた。
(――――――もしかして誰かに、追われているのか……?)
それにはマズい者を小屋に入れてしまった、と思った。
二人の女騎士らしき者たちを交互に見る。アルデシール王国の騎士の装備ではなかった。白銀色に輝く鎧に、胸には狼の紋章。見たことがなかった。
二人とも油断しているように見えるが、しっかりと剣柄に手を添えている。
明らかに、すぐにでも剣を抜けるようにしていた。手慣れている。
ここで迂闊な発言は危険過ぎると考えた木こりの少年は口をつぐむことにした。
それよりも今は、負傷した茶髪の女性の方が心配だと視線を向ける。
簡易な手当で済まされているようだが、怪我の状態を見ないといけない、と思い、巻かれている包帯をゆっくりと取る。
「……これは……」
思わず、目を背けたくなるほど、酷い怪我だった。
右眼はもう光を見ることは出来ないだろう。何かが突き刺さったのか。それと……鋭利な刃物でやられたのかはわからない。
こんな、綺麗な顔なのに……可哀想に、と同情してしまうほどに酷かった。
とりあえず、棚にしまっていた清潔な布を取り出し、塗り薬を手に取って治療することにした。効果があるのか、わからないが、とりあえずしないよりはましだと優しく塗る。痛みに声が籠った。熱も出ているようだ。破傷風にかかるかもしれない。
「……この怪我はどうしたんだ?」
黒髪を後ろに束ねた女騎士が振り返り、悔しそうに言う。
「うぅ……。目に矢を受けたの。直接は刺さってはいないけど……。くっ……まさかこんなことになるとは……」
金髪ショートヘアの女騎士が怒りの形相で、壁と強く叩いた。
「くそったれ。フェレン聖騎士団が星空教会の傘下になるとはな。しかも、マルトア団長を失うなんて……」
絶望したかのようにうなだれてしまう。歯をかみしめ、悔しさが滲み出ていた。
「フェレン聖騎士団」と「マルトア」という名前に木こりの少年は思い出したかのように目を見開いて反応した。
「ふ、フェレン聖騎士団?! それって、あ、あの騎士団か?!!」
「あぁ。お前が思っているその騎士団だ。あいつら、我々を罠に嵌めたのだ。オルタシア様を――――」
「それ……以上……喋るなリル、ミナ……この馬鹿者ども……が……」
どうやら、茶髪の女が気がついたようだ。
とても苦しそうな息使いをする。
彼女が意識を取り戻したことに驚き二人の女騎士は駆け寄り、跪ひざまずく。
彼女らはその茶髪の女の手を取ろうとしたが、恐れ多ように出した手を引っ込める。
「殿下!! お気づきになられましたか?!!」
「よかったです。本当に!!!」
「……まだか……医者は……?」
怒りを帯びた声でそう尋ね、金色短髪の女騎士が頭を下げる。
「……痛むのは重々承知しています。もう暫くお待ち下さい」
「今すぐにでも医者を呼びたいところですが……今しばらく耐えてください」
目頭を熱くして、女騎士らはそう言った。
(――――――いま、殿下って言った……?)
茶髪の女の視線が木こりの少年へと向けられる。
手傷を負っているのにもかかわらず、茶髪の女からまがまがしい何かを感じた彼は顔を強張らせる。
「……少年、名はなんと言う?」
「お、俺か? 俺の名前はシンゲンだ」
「シンゲン……? 変わった名だな……?」
眉を顰めた。
「あぁ……。そりゃあそうさ。だって、俺はジパルグ人だからな」
それに女騎士風の二人が顔を見合わせる。
「ジパルグ人って、あの“ミネルヴァ伝説”の同じ民族か?」
それにあぁ、といってシンゲンは頷く。