「うわぁっ?!!」
勢いよく、ローランは宙を舞っていた。そして、地面へと叩きつけられる。
ここは、ラディアの屋敷の庭の中。その地面に、ローランは倒れていた。
「ぐ……」
体中が痛い。特に背中から腰にかけての痛みが強い。全身、あざだらけで顔も腫れているかもしれない。口の中に血の味が広がった。
目の前にはメイド服ではなく、動きやすい服装のカヤがいた。右手には木製の剣が握られている。
「ローラン様、大丈夫、ですか?」
小首を傾げて、尋ねてきた。ラディアから稽古をつけてほしいと言われた。最初、か弱そうなメイドに何ができるんだ、と馬鹿にしていたらこのザマだ。
圧倒的な制圧力、というべきか。相手に一度たりとも攻撃を繰り出させない、そんな感じだった。
「くそ……なんなんだ、お前」
「メイドです」
「そういうことじゃねえよ!」
思わず怒鳴りつける。だが、カヤは少しも怯まず、むしろ微笑んでさえいた。それが、余計に腹立たしい。
少し離れた場所では、庭に備え付けられたベンチに座って紅茶を啜るラディアの姿があった。優雅な仕草で、こちらの様子を眺めている。
ラディア曰く、手加減がわからず、いつも本気で戦ってしまうので、代わりにカヤがロランの稽古をつけることに決まったらしい。
ローランは全身に痛みが走りながらも立ち上がり、木製の剣を構え直す。
「ローラン、ほどほどにしておくのだぞ。カヤの強さは我の次に強い。冒険者ランクでいうとAランクあたりだな」
「Aランク!?」
Aランクといえば、Bランクの冒険者が10人集まってようやく勝てるかどうかといった強さである。
つまり、Fランクにすら到達していないローランにとっては、相手にならないほどの力を持っていることになる。
「さあ、どうするローラン。降参するか? まあ、そうすれば怪我をしなくて―――」
「ふざけんな! 俺は負けねぇ!! 俺は強いんだ!!」
叫びながら、突っ込む。
「意気込みはよし、ということか」
ラディアは関心したような目でローランを見る。カヤはというとまっすぐに向かってくるローランに対して、無言のまま、木剣を片手で構えた。
木剣を振り下ろす。しかし、風を切るだけだった。ビュンと音を鳴らしたあと、視線の端からカヤの木剣が伸びてくる。
「ッ?!」
反射的に体を横に捻って避けようとした。だが、間に合わない。頬を掠め、鋭い痛みと熱が走る。
ハッとした時にはカヤは懐へと潜り込んできていた。木剣の柄頭が顎を跳ね上げるように打ち付ける。また、宙を舞っているのがわかった。
「つえぇ……」
空中で意識を失いかける。そして地面に落ちたところで、視界が暗転しかけた。なんとか耐えようとするが、体が言うことを聞かない。
カヤがゆっくりと歩み寄って真顔のままで見下ろしてくる。
その表情からは感情を読み取ることができない。ただ、じっと見つめられるだけだ。
「やりすぎました、か?」
心配するような声音で言う。
「いや……。すごくいい打撃だったぜ……脳が揺れた」
そういうとカヤは少し微笑むと手を出しだしてきた。差し出された手を掴むと引き起こされる。
ラディアが声をかけてきた。
「なかなか面白い試合だったぞ、ローラン。次は我が相手をしよう」
それにカヤが首を横に振った。
「ラディア様では、ローラン様を撲殺してしまいますよ」
「それはどういう意味だ?」
「戦っているうちに本気になっちゃうんじゃなかったでしたっけ?」
「あ、あぁ……そうだったな……」
ラディアは苦笑いした。それを見て、カヤはくすっと笑みを浮かべるとローランに小声で耳打ちする。
「ラディア様の元にきた見習いさんたち、みんな死にかけて、逃げ出したんですよ」
「マジかよ……」
そんな話を聞きつつ、本当に手加減をしらないんだな、と思ったが、カヤも手加減あんまりできてない気がしていた。それからしばらく、稽古を続けた。
♦♦♦♦♦
その頃、エルドラド冒険者ギルドでは――
「ねぇ、おねぇさん、どこ住み?」
若い冒険者が受付カウンターに身を乗り出し、受付嬢の顔を覗き込む。それに受付嬢は視線をチラリと向けたあと、呆れたようなため息をついたあと、視線を再び、書類へと戻す。
「今、仕事中ですので、後にして頂けるとありがたいのですが……」
白銀の髪、赤い瞳の受付嬢、テレンシアは書類に目を通しながら、適当にあしらっていた。
「そんなこと言わずにさー、俺、Bランク冒険者のザックスっていうんだけど、名前教えてよ」
「いえ、結構です。用件がないなら帰ってくださいませんか? 私、暇じゃないんですけど」
「冷たいな~でも、そういうツンツンしたところが俺、好きだわ~」
ザックスはそういとテレンシアの手の上から握ってくる。それに眉がピクリと動く。
「あのですね、私はあなたのことなんてなんとも思ってないのですが。手を離していただけますか?」
「そんな照れなくてもいいのに。ま、そういうところも可愛いと思うけどね」
「……」
右手に持っていた羽ペンが怒りのあまりにポキッと折れってしまった。深くため息をついたあと、テレンシアは手を振り払い、拳を握り締めた。今にも殴りそうになっていたとき、背後から声がする。
「テレンシア君!」
それに彼女はビクリと身体を震わせ、振り返る。そこにはギルド長のゼルセンの姿があった。自慢の長いあごひげを撫でながら目を細める。
「テレンシア君、いま、何をしとうとしたのかね?」
それにテレンシアは握りしめた拳を慌てて解いた。
「なにって……別になにもしていませんが」
「そうか? ワシにはこの男の顔面を殴ろうとしているように見えたのだが」
「ギルド長。そうなことするわけないじゃないですか。アハハ」
それに疑うような目をしたゼルセンだったが、両肩を竦めた。
「ふむ……そうじゃな。すまなかった。それより、君に少し用があるのだが」
「わかりました。この依頼書の作成後、すぐに向かいます」
「すまんな」
ゼルセンはそういうとその場を離れていった。
「ちっ……」
テレンシアは舌打ちすると、ザックスを睨みつけ、突然、胸倉と掴んだと思うと、とてつもない力で自分の方へと引き寄せて、誰にも聞かれないように耳打ちする。
「てめぇ、田舎者かしらないがな、次、わたしにナンパでもしてみろ、ぶっ殺すぞ」
「ひっ!?」
ドスの効いた声で囁かれ、ザックスは顔を青ざめさせながら、何度も首を縦に振るのであった。押し倒したあと後、何もなかったかのように
「またのご利用をお待ちしております」
そういって、一礼したあと、ギルド長の執務室へと向かう。
ノックをして扉を開けると、そこにはギルド長のゼルセンともう一人、見慣れない男が椅子に腰をかけていた。テレンシアの顔を見ると、男は立ち上がって頭を下げてくる。その男の服装は見慣れない格好に怪訝する。肌の色も少し色黒で、近くの国の人間ではないように思えた。
「お初にお目にかかりまする。拙者、ジパルグ国のヨシヒラと申します。以後、お見知りおきを」
「はぁ……」
テレンシアはとりあえず、挨拶を返しておく。
「それで……どのような御用件でしょうか?」
それにギルド長ゼルセンが説明した。
「実はだな……ジパルグ国のアラカワ家の使いの者がきておってな。なんでも、テレンシア君の力を貸して欲しいとのことだ」
「私の力ですか?」
テレンシアは首を傾げる。
「テレンシア殿、アラカワ家の姫ユウヅキ様をお助け願いたい」
「どういうことでしょう? 詳しく聞かせていただけますか?」
「ユウヅキ様は己が武を極めようと単独で、エスドラドの『メンディア』へと赴かれたのです」
単独、ということにテレンシアは特に驚きはなかった。複数のパーティーを組んで、ダンジョンへ挑むこともあれば、一匹狼、つまりはソロでダンジョンへ向かうこともそうは珍しくない。