二人は夜の街中を歩き、そして、ラディアの家に着いた。彼女はフェレン聖騎士団の騎士団長ということもあって、治安の良い富裕層が暮らす高級住宅街に住んでいた。そこにある大きな屋敷が彼女の家らしい。門の前でローランは思わず足を止めて、建物を見上げてしまう。
「でっか……」
「そんなに驚くことか? 」
「いや、だって……俺の家とは比べ物にならないし……それに、なんか緊張してきた……」
「ははは。緊張なんてしなくていい。我も元は戦争孤児だ。お前と境遇は同じだよ。気にすることはないぞ。さぁ、入りたまえ」
そう言って、ラディアは屋敷の中へと入って行った。それに続いて、ローランも中に入る。すると、すぐに使用人が出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
お辞儀した後、ニッコリと笑みを浮かべる。
白銀の髪を肩まで伸ばして、切り揃えたメイド服を着ている女性だった。
「ただいま帰ったぞ。カヤ」
カヤと呼ばれたメイドがこちらを見て微笑む。静かにほほ笑む彼女は、どこか、不思議な雰囲気で、そして、どこか危険な香りがする。
「そちらの方は?」
「ローランだ。我の友人ゆえ、今日は泊まってもらうことにした」
「それはそれは。では、ローラン様。カヤと申します。この度はようこそおいでくださいました」
丁寧に挨拶するカヤにつられて、ローランも頭を下げた。
「ど、どうも」
「カヤ、湯は沸いているな?」
「はい。いつでも入れる状態でございます」
「え? 浴場があんの?!」
思わず声を上げると、カヤがクスッと笑う。
「もちろんです。ご主人様はきれい好きですからね」
「そ、そうなんだ……」
浴場があるのか……と、ローランは少しだけワクワクした。浴場に入るのは初めてだった。入れるのは貴族か、富裕層のみで、維持費だけでもとんでもないくらいかかる。一般人は大金を払わなければ入れないのだ。
「では、ローラン様、こちらです」
カヤに連れられて、ローランは浴室へと向かった。
脱衣場に入ると、そこは広々としていた。どうみても一人用ではなく、大きな高級宿屋などによくあるような造りになっている。こんな広い空間を一人で使うなど贅沢すぎる。持て余しているにもほどがあった。
「こちらに服をおかけ下さい」
カヤが手を差し出してくる。その手に自分の上着を脱いで、渡す。受け取ったカヤはそのまま待機していた。変な間が出来て、ローランは小首を傾げた。
「あの……」
「どうかされましたか? 」
「いや、あの……どうしてまだ、ここにいるんですかね……? 」
「いつもでしたら、お客様のお背中を流したりしておりますが」
「いやいや! 大丈夫だから! 自分で洗えるから!!」
慌てて断ると、カヤは目を丸くして瞬きをした。断られるとは思っていなかった様子だった。
「左様ですか……。かしこまりました。では、何かありましたら、お呼びつけ下さい」
一礼すると、脱衣場を出て行ってしまった。
残されたローランは誰もいないことを再度確認してからズボンや下着を脱ぐ。そして、タオルを持って、浴室へと入った。そこには全部が大理石で出来ていて、豪華な雰囲気があった。壁には様々な絵画がかけられており、銅像からはお湯が溢れ出ている。浴槽には見たこともない花々が浮かんでいて、なんだか落ち着かない気持ちになる。
浴室全体が湯気で曇っているせいもあって、うっすらとしか見えない。その湯気だけでのぼせそうになってしまう。とりあえず、桶を手に取り、まずは身体を軽く流そうと湯船に近づき、湯をすくいあげて、勢いよく身体にかけた。
それから足先から湯舟へと入り、真ん中あたりに移動する。肩まで浸かると、ようやく人心地ついた気がした。
「ふぅ~……最高だぜ……」
思わずおっさんみたいな言葉が出てしまった。湯舟に初めて入った。こんなにも気持ち良いものだったとは知らなかった。これなら毎日でも入りたい気分だ。
そして、貴族や富裕層がこれを毎日入っているのだと思うと羨ましく思った。
「俺も金持ちになったら、一番にこれ造らせよっと」
独り言を言いながら、しばらく湯に浸かっていると扉の向こう側から声が聞こえてきた。
「どうだ、ローラン? 湯加減は?」
ラディアの声だった。
「最高だよー」
「そうか、それはよかった。ちょっと待っててくれ。我もすぐに行くから」
「へぇっ?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。ラディアの言葉に一瞬固まった。
(――――え……一緒に入るの?)
ローランは顔が熱くなるのを感じた。慌てて逃げるように出ようとすると、脱衣場からラディアの姿が見え、服を脱ぎ始めているのが見えた。ふくよかな膨らみを見た瞬間、視線をどこに向けたらいいのかわからず、目が泳ぐ。湯舟へと視線を落とした。
「え、どうしよう。え、マジで。どうしよう」
ラディアは女性だ。それも若くて、とても綺麗な女性だ。そんな彼女と二人きりで風呂に入るなど、考えたこともなかった。しかも、裸で。想像するだけで、ローランの顔はさらに赤くなった。
視線を少しだけ上にあげる。するとラディアのスラッとした長い脚が見えた。そこから視線は絶対にあげるな、と言い聞かせる。心臓がバクバクしているのがわかった。
(――――ど、どどどどどどどどどうしよ)
ラディアの足先が湯舟へと入ってきたのがわかる。その瞬間、全身の毛穴が開いたような感覚に陥った。もう、何が何だかわからない。とにかく、後ろを向け!と自分に命令して、背を向ける。
背後からチャプッと音が聞こえると、さらに緊張が増した。今すぐ逃げ出したい衝動に襲われる。だが、それを必死に抑えて、平静を取り繕う。
「どうかしたのか?」
「い、いやなんでもない! 大丈夫!」
「そうか? 耳が真っ赤になっているが?」
「これはのぼせただけだ!」
「そうなのか……?」
「あぁそうだよ!」
力強く言う。ラディアが目を細めて、あぁ、とつぶやいた。
「混浴は初めてだったか?」
「こっ……」
絶句してしまった。なんということを言うんだ。この女は。
「ま、まさか! そんなわけないだろう!! 」
動揺を隠すために大きな声で否定すると、クツクツと笑い声が聞こえてくる。
「冗談だ。そんなに慌てるな。安心しろ。タオルは巻いている」
「そ、そうだよな! ははっ! びっくりしたぜ」
後ろ目でチラリと見る。すると確かにタオルを巻いているのがわかった。ホッとして息をつく。
「背中を向けたままでは、話しにくいだろう? こっちを向いてもいいぞ」
「いや、遠慮しておくよ」
「面白いやつだな」
ラディアはそういって、湯舟に身を沈めた。そして、大きくため息をつく。
「はぁ……いい湯だ……。やはり、温泉はいいものだ。すべての疲れが癒される」
「俺、こんな立派な浴場に入ったことがないから、感動してる」
「そうか。ならば、よかった」
しばらく沈黙が続いた。すると、ラディアが口を開く。
「ローラン。本気で冒険者になるのだな? 今ならまだ引き返せるぞ」
突然、真面目なトーンで問われた。ローランは迷わず答える。
「本気だよ。俺はずっと前から、いつかはダンジョンに潜ろうと思ってた」
「そうか……ならば、我が戦い方を教えてやろう」
「ほんとか?!!」
それに思わず、振り返ってしまう。ラディアは縦に頷いた。
「あぁ。約束しよう。それに冒険者ギルドへ推薦状も出そう」
「推薦状?」
「そうだ。冒険者になるためには2つ方法がある。まず1つは、実力による登録だ。これは言わずもがなだな。そして、もうひとつは、推薦だ。Sランクの冒険者による推薦があれば、冒険者になるための試験が受けられる」
「え、試験?」
「そうだ。実力がある場合はそれは必要としないが、Fランクに到達していない者に対しては、試験が用意されている。その試験に合格すれば、晴れて冒険者として認められる」
「それって、どんな試験なんだ?」
「簡単さ。冒険者ギルドの試験官に実力を見せればいい」
単純明快な試験だな、と思った。
「ふーん。それで、誰が試験するんだ?」
「手が空いている職員だ。職員といっても、試験官になるのは限られているがな。そして、試験官は恐らく、テレンシア様がされるだろう」
「げっ?! あの人?」
一気に不安な顔になった。あの人を見下すような目で、話を全く聞き入れなかった白銀の髪のテレンシア。頭の中に赤い瞳の彼女が思い浮かぶ。大丈夫なのか、と思ってしまう。
「安心しろ。テレンシア様に認められれば、もはや何も怖くない」
「いやいや、怖いわ。絶対無理だろ」
「心配はいらない。我がみっちりと鍛えてやる」
目に力が入る。とてつもなく、大変なことになりそうな気がして、思わず、顔をひきつらせた。