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第6話 忙しい受付業務 その2

 テレンシアから慌ててファイルと奪い取り、まじまじと見つめる。


 そして、次第に顔色が悪くなっていった。


「こ、これは……一体……」


 若い冒険者は唇を震わせて、声を漏らした。


 そこにはエスドラド冒険者ギルドに登録するときに提出した書類だった。そこに自分の写し絵、それと名前、住所や生まれなどの個人情報が書かれている。


 間違いなく、自筆だ。自分の字を見間違えるわけがない。若い冒険者は名前を読み上げた。


「レビン・オールハイド・マルセム・ドレイク・ゴードウィン……」


 それにテレンシアは明らかにわざとらしく言う。


「あれれ~確か~あなたが仰られるお名前は~レビン・オールハイド・マルセイム・ドレイク・ゴードウィン様ではありませんでしたっけ~? おかしいなぁ~」


 意地悪そうな笑みを浮かべる。


 若い冒険者は長い名前を使って、カッコよさを出したかったのだろう。最近では流行りらしく、長ったらしい名前をつけるのが多く、キラキラネームという本来使われないような当て字を使う者もいる。冒険者ギルドは世界の情報を一手に握っている機関なので、その辺りには非常に厳しいのだ。とくに目の前の女性は。


 記入した書類の名前を間違えていることに若い冒険者は青ざめる。


「……」

「残念ながら、あなたはレビン・オールハイド・マルセム・ドレイク・ゴードウィン様であって、レビン・オールハイド・マルセイム・ドレイク・ゴードウィン様ではありませんよね? それとも正式な書類ですが、偽名をお使いしているのでっしょうか?」


 テレンシアはわざとらしく首を傾げる。


「ち、違う! 俺はレビン・オールハイド・マルセイム・ドレイク・ゴードウィンだ」

「そうですか……では、この書類は間違いですね。正式な書類に関して、誤字脱字は厳禁ですし、何より、冒険者として登録するときにサインをするのですから、書き間違えがあったら大変困ります」

「うぐぅ……」


 若い冒険者は言葉に詰まり、テレンシアの言葉を聞いた若い冒険者は呆然と立ち尽くし、力なく崩れ落ちた。


「あの、この場合の報酬はどうなるのでしょうか……?」


 突然、下手に出るような態度を取った。テレンシアは仕返しだ、と言わんばかりに顎を上げて、見下すような目で見下ろす。


「申し訳ございませんが、偽名もしくは、登録者が違うとなると今回の依頼は取り消しとなります」

「そ、そんなぁ……。じゃあ、もう1回だけチャンスをくれよ!!次こそはちゃんとするからさぁ!!」

「いえ、それはできかねます。既に依頼先の方への契約成立の通達。それに手数料の支払いは終わっています。それに偽名を使った登録は契約違反になります。その時点でエルドラド冒険者ギルドはすべての取引を停止することになっています」

「た、頼むよぉ~~! 罰金ならいくらでも払うからぁ~~」


 若い冒険者は両手を合わせて、拝むようにしながら泣き落としに入ったが、テレンシアは全く動じなかった。むしろ、冷たい視線を浴びせる。


「黙れ。とっとと帰れクソガキが」


 先ほどまでの顔つきが一気に変わり、ギロリと睨みつけて、言い放った。


「お、お客様は神様じゃないんですか……?」


 震え声で抵抗してみたが、それはテレンシアにとっては逆効果だった。


「あぁん?」

「ひぃぃいい!!!」


 鋭い眼光に臆した若い冒険者の悲鳴を上げながらエルドラド冒険者ギルドを後にした。後姿はなんとも情けないことか。一部始終を見ていた他の冒険者達も顔を引きつらせている。


「いやー、凄いな。あんな強気な受付嬢がいるなんて、俺、初めて見た」

「そうだな。俺達にもああいう風に言ってくれるのかねぇ。あんな美人に「ガキが」とか」

「まぁ、無理だろうな」


 冒険者達が口々に話している中、テレンシアは咳払いをして、いつもの営業スマイルに戻る。


「皆さんお騒がせしました。では次の方どうぞ」


 テレンシアは書類に押印しながら、次の冒険者の対応をする。足音が近づいて、受付カウンターで止まったあたりで、テレンシアは言う。


「いらっしゃいませ。本日はどのような用件でしょうか?」

「俺は冒険者になる!」


 それにテレンシアは作業を続けながら、流れ作業のように受付カウンターの右脇に置いてある書類を一枚取り出し、声の主に渡す。


「では、ここに必要事項を書いてください。出来たら教えてくださいね」

「おう」


 書類を受け取った声的に若い冒険者は書類をざっと見て、すぐに書き始めた。名前と個人情報を掻き終えたあと、投げ渡してきたので、イラっとしたあと、手に取る。


「では、書類を確認いたします。えっと……ローラン・ドレイク。年齢は……16歳……ん?」


 それにテレンシアは眉を寄せ、怪訝する。視線をようやく目の前にいる若い冒険者へと向けた。するとテレンシアは目を見開き、驚いたような顔をした。


「君は……」


 テレンシアの様子がおかしいことに気が付いたミラがチラリと若い冒険者を見る。思わず、身体が乗り出していた。


「あれ、君、昨日、踊り子停にいた子?」

「おう。そうだ」


 テレンシアに直々にサポーターになってくれと言い、それを拒否され、さらには店主に外へ放り出された少年だった。奪い取ろうとしてきた書類をテレンシアは自分の手元にひっこめる。


「君、なんでこんなところに来たの?」

「ここで冒険者になるためにだ」

「……あのね、昨日もいったけど、君はまだ早いの。わかる?」

「俺はもう16だ。何も問題はないはずだ」

「確かにそうだけど、君の実力じゃまだ無理。スキルも持っていないようだし、ステータスも極めて低い。Fランクにも到達しないわ」

「そんなことはない!」


 自信満々に言う。その様子にテレンシアは困ったように頭を掻く。


「それに君、ソロでしょ? パーティーがいなくて、どうやって戦うっていうの?」

「戦い方はいろいろとある」

「例えば?」

「…………」

「ほら、言えないじゃない。そもそも君は武器を持ってないよね」

「ある!」


 そういうと腰に下げていた短剣を取り出した。テレンシアは鞘から抜き、短剣を見定める。


 刃渡り20センチ程度。どこにでもありそうな短剣だ。特別な仕様でもないし、魔法が付与されている魔剣でもない。


「これで、何と戦うつもりなの?」

「モンスターだ」

「はぁ……」


 テレンシアは呆れたように溜息を吐き、首を振る。


「君、本当にわかっているの? 確かに第1階層はスライムとかしか出ないけど、だからといって、数に押されて負けるかもしれないんだよ? ましてや、いつどこから敵が来るかわからないし、罠だってある」

「だが、俺は大丈夫だ」

「あのね、君が思っているよりも危険が多いんだから……。とにかく、今日は帰りなさい」

「いやだ!」

「君ね、私は暇じゃないんだけど?」

「いやなものはいやだ!」


テレンシアが睨むが、それでも食い下がる。この場を離れないぞ、というように腕を組んだ。


「ほんと、ガキね……」


 テレンシアはため息をついたあと、右手を挙げて呼ぶ。


「ルクス。ちょっと来て」


 呼ばれたのはカウンターの奥にある扉から出て来た20代後半の女性だった。テレンシアと違い、軍服のような青色の服を着ている。革製のブーツが歩くたびに音を立てた。長い金髪をポニーテールにしている。スタイルがよく、モデル体型。そして、顔立ちは整っている。胸はテレンシアよりも明らかに大きかった。


「どうしましたか? テレンシアさん」


 腰に下げている長剣がガチャリと音を立てる。立派な長剣だ。しかし、かなり使い込まれている。それだけで、ただの飾りではないのがすぐにわかった。


 テレンシアはローランを指さす。


「業務妨害。追い出して」


 それにチラリとローランを一瞥したあと、疑うこともなく、首肯する。


「かしこまりました」


 ルクスはローランの真横に歩み寄り、笑みを浮かべながら腕を掴み上げる。


「君、業務を妨害することは困ります。早々に出て行ってください」

「離せ!」

「ダメです。ほら、行きましょう」

「いやだ! 俺は何もしていない! おい、離せ」


 ローランは抵抗するが、ルクスは片手で腕を掴んだまま、ずるずると引きずっていく。そして、冒険者ギルドの扉から放り出した。それにミラが苦笑いする。


「あれ、なんか、昨日も見た光景な気がするけど」

「はぁ……」


 テレンシアが大きくため息をついて、頭を抱えた。それにミラは同情したように言う。


「あなたって、最近、変やつにばっかりに当たるわよね」

「は?」

「いや、なんでもないなんでもない」


 手をひらひらと振った。

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