踊り子停と呼ばれるエスドラドの街で一番大きな酒場にて、祝賀会が開かれていた。
今日は、新たに冒険者となった新人たちの歓迎と『Fランク付与』を祝うための宴会だ。
「ようこそ、我が踊り子停へ!」
若い女店員がそう言って、新たに冒険者となった新人たちへ挨拶する。
若いピチピチの女性たちが露出度の高い踊り子の衣装で舞台に上がり、妖艶なダンスを披露する。
それに冒険者たちはがん見していた。
店側としても、繁盛するためには冒険者が必要だ。そのため、新人の冒険者たちを歓待し、彼らがこの踊り子停の常連客となるように、こうして毎回のように宴を開いていた。
「本日は存分に楽しんでいって下さいね!」
若い女店員の言葉に、集まった皆が歓声を上げる。
そして、宴が始まった。
宴が始まると、店のあちこちで笑い声が上がり、酒樽が次々に運ばれてくる。出来立ての料理もテーブルへと並べられていき、店内は一気に賑やかになった。
「さあ! どんどん食べて飲んでくれよ!」
女店主が豪快に笑う。その言葉通り、次々と運ばれる美味しそうな料理の数々を前にして、新人たちは興奮した様子を見せていた。
「これ、本当にタダでいいんですか?!」
若い冒険者が驚いた顔をしていると女店主は迷うことなく頷く。
「ああ、もちろんだともたらふく食え!」
「やったぜ!」
歓喜の声を上げた冒険者は早速、目の前に置かれた肉料理に手を伸ばす。他の面々も同様に料理を食べ始めていった。
新米冒険者は30人。冒険者ギルドで正式に登録した者たちだ。30人分の食事代がタダということに驚きを隠せないでいたが、それには少し訳がある。
この踊り子停の運営はエスドラドの冒険者ギルドが支援しており、その見返りとして、新人たちが冒険者として一人前になるまでの間、食費などは全て無料となっていたのだ。
これは、エスドラドが他の街と比べて圧倒的に冒険者の数が多いことに起因する。冒険者を増やせば増やすほど、その分だけエスドラドには金が落ちることになる。それ故、このような支援が行われていたのだ。
また、これは新人たちに限った話ではない。ある程度経験を積んだ冒険者にも同じことが言える。彼らは、稼ぎに見合った金額以上の報酬を受け取り、それをエスドラドに寄付していた。
そして、あの二人の姿も。ミラは骨付き肉を頬張る。それから流し込むようにビールを一気に飲んだ。
「プハッ―――っ!!! やっぱここの酒は最高ぅ!!」
そんなことを言いながら笑っていると、隣にいたテレンシアが呆れたような視線を送ってきた。
「ちょっとミラ……あんたが楽しんでどうすんのよ」
「だってぇ~……」
ミラは口を尖らせる。
「これから、わたしたちがあの新人たちを導かないといけないんだよ」
冒険者ギルドの受付嬢は新人冒険者のサポーター役も担っていた。故に、彼女達は新人冒険者たちの育成を任されていると言ってもいいだろう。
しかし、それは彼女たちにとって面倒な仕事でもあった。何せ、まだ右も左も分からない新人たちを導くことは相当な労力が必要になる。ダンジョンは一瞬の油断で、死を招く危険な場所。そのため、モンスターの特徴から生態、危険な階層などをしっかりと教え込まなければならない。
ただでさえ忙しいというのに、そのような仕事を押し付けられてしまえば溜まったものではない。そこで、業務以外でも、冒険者たちと交流を深め、より親密になっておこうという考えがあった。
そして、二人は特に新人冒険者と関わることが多い。だからこそ、今回の祝賀会でも参加しているのであった。と言い訳する。
ミラは表向きでは誰もが納得するような理由を見つけているが、実は祝賀会での食事代はギルドからの支給のため、参加者はタダなのである。つまり、ミラはタダ飯を食いに来ただけである。
テレンシアもそれを知っているため、苦笑いを浮かべていた。だが、彼女の場合は違う。彼女は本当に新人冒険者たちを死なせるわけにはいかないと思っていて、それゆえに真剣だった。酒を浴びるように飲むミラを無視し、テレンシアは視線を巡らせる。その新米冒険者もまだ垢抜けていない顔立ちをした者ばかりで、心配で仕方がなかった。
(―――果たして、何人残るのだろうか)
彼女はそう思いながらも、新人たちのために精一杯サポートしようと心に決めていた。
そして、新人たちも各々食事を楽しみ、酒を飲んでいた。
そんな中、テレンシアの背後に一人の少年が歩み寄ってきた。
「おい、あんたが、テレンシア・アルフォードか?」
フルネームで呼ばれ、テレンシアは振り返る。そこにいたのは、黒髪にツンツンした髪、くせ毛で、褐色の肌、青色の瞳をした少年が立っていた。
テレンシアは見覚えがなかったのにもかかわらず、自分の名前をフルネームで呼ばれたことに怪訝しながら答える。
「そうだけど、何か用?」
何を言うのかと思うと少年は、はっきりとした口調で、言い放った。
「俺のサポーターになれ!」
テレンシアの問いに答えたのは、威勢の良い声。その言葉に、テレンシアは思わず目を大きく見開く。そして、その冒険者の顔を見て、更に驚愕した。
その冒険者は、まだ10代後半といった若さ。そのくせして、その自信満々な態度に怒りを覚えたが、怒りを押し殺して尋ねる。
「君……ふざるのもいい加減にして。まだ、子供でしょ?」
テレンシアは鋭い眼光でその冒険者を睨みつける。
「俺はもう16歳だ! 冒険者になれる資格はあるはずだ!」
「そういう問題じゃないの!」
テレンシアは大声で叫ぶと、周りの視線が集まる。そして、ミラも騒ぎに気付いたのか、二人の元へやってきた。
「ちょっと、何やってんのよ」
「ミラ、聞いて」
テレンシアが少年を指差す。
「この少年が、私にサポーターになれって言ってきてるの。ふざけてるわよね」
すると、ミラは少年を見つめると、苦笑する。冒険者になるための資格として最低限16歳からとなっている。しかし、16歳で冒険者になることは極めて稀だ。事例がないわけではないが、ほとんどはその卓越した能力、たとえば、ユニークスキルを持っているか、あるいは高い戦闘技術を有しているか、などが必要となる。また、仮に年齢を満たしていても、ギルドからの許可が下りなければ登録はできない。その許可を出すのも、冒険者の証となるバッジを発行するのも全て冒険者ギルドなのだ。
「君、何かスキルとか持っているの?」
「いいや、持ってない」
その言葉に、テレンシアは疑問する。
「じゃあ、どうやって冒険者になるつもり?」
「そんなもん、力づくでどうにかなるさ!」
彼は不敵に笑う。それには思わず、ミラは頭を抱えた。
ただ単純に冒険者に憧れるバカだった。
「ねえ、ミラ。こいつ、ぶっ飛ばしていい? なんかとてつもなくムカついてきた」
「ダメに決まってるでしょ」
この少年がどんな理由で自分に話しかけてきたのか知らないが、おそらくこの少年は自分がどれだけ無謀なことをしているか分かっていないのだろう、と考えたテレンシアははっきりと述べた。
「死にたくなけらば、冒険者なんてやめておきなさい」
「なんでだよ! 俺はすごく強いんだぞ!」
その言葉に、二人は唖然とする。こんなことを真顔で言うとは思わなかったのだ。
「あっそう」
Sランクのテレンシアにとって、少年の言うことは嘘だとすぐに分かった。だが、だからと言って本当だとしても、彼が危険であることに変わりはない。
テレンシアは溜息をつく。そして、ミラに視線を向けると彼女は呆れたように肩を落とした。
「とりあえず、ここは食事の場なんだし、騒ぐのはよくないと思うよ? ねぇ、それより、おねぇさんたちと一緒にご飯食べよう、ね?」
「うるさい! 俺はこいつに言ってるんだ!」
少年の言葉にミラは困った、という顔をした。お手上げという様子で両手を上げると、騒ぎを聞きつけた踊り子停の女店主がやって来た。