少し広めの部屋に不機嫌そうにしている白髭の男がいた。部屋の壁際には所狭しと書物が並べられており、入りきらなかった書物が床に落ちている状態だった。そして、少し埃っぽい。薄汚れた絨毯、それに燭台の蝋燭が揺れ動く。
白髭の男の目の前には冒険者ギルドで大男を回し蹴りで吹き飛ばした受付嬢の女性が立っている。彼女の見た目は20代後半ぐらいで身長が176センチくらいある。後髪を一つにまとめ、白銀の髪色だ。細身で、胸も小さい。その体つきでどこから膂力が出るのか。不思議で仕方がなかった。そんな彼女が申し訳なさそうに赤色の瞳で白髭の男性を見つめている。
白髭の男が机に手を組み、口を開いた。
「まったく」
「す、すみません、ギルド長……」
ギルド長は報告書に目を通しながら目頭を揉み解しため息をついた。しばらくしてから、眉を八の字にする。
「まぁ、君に挑むこと自体が愚かではなるがな。無知とは恐ろしいものだな?」
「はい……」
「なぁ、テレンシア。『雷鳴の騎士』よ」
その言葉を聞いてビクッと肩が跳ねた。顔を上げれば鋭い眼光に射抜かれる。思わず後ずさった。
「お主ももう少し自重してもらいたいものだ。いくら強くてもだ。限度があるだろう?」
「……はい」
深く反省している様子にギルド長は両肩を竦めた。
「もういい。破損した机に、椅子、それに穴があいた壁の修理費はその男に請求するように手配してくれ」
「かしこまりました……」
深く頭を下げて部屋を出て行くテレンシアと呼ばれた受付嬢を見送ったあとギルド長は椅子に座り直す。
書類に走り書きのサインをしてそっとおいた。書類の山から一枚の資料を手に取る。
そこにはテレンシアについての内容が書かれていた。
――――テレンシア・アルフォード。
冒険者ランク:S
年齢:25歳
エスドラドダンジョン:30階層踏破達成者。
異名:雷鳴の騎士
備考:フェレン聖騎士団第32調査隊元騎士長。第32回エスドラドダンジョン遠征にて、未発見であった魔物を発見し討伐。さらに30階層に到達。しかし、その際、100人の隊員を全員失い、単身で帰還。多くの疑惑を抱かれ、軍事裁判にて有罪判決。ただし、これまでの活躍に免じて、フェレン聖騎士団の除名に留まる。その後、冒険者ギルドにて数多くの冒険者のサポーターを務める。
「……英雄の基準とは何なのだろうな」
そう言って、ギルド長は大きく伸びをした。窓の外を眺めると、夕焼けに染まっている。窓越しからフェレン聖騎士団の隊列をみたギルド長は目を細める。
「彼女とて、全員を見捨てて、ひとり逃げたわけでもあるまいて」
ギルド長はそう独り言をつぶやく。
テレンシアはギルド長の部屋を出て、扉を閉めたテレンシアの前に同僚の女性が現れた。彼女は眼鏡をかけており、背丈が170センチほどある。長い茶色の髪。前髪を切りそろえたショートヘア。
「テレンシア!」
親しげに歩み寄る。テレンシアは暗い顔をしたまま小さく口を開く。
「あぁミラ……」
「あぁ、ミラ。じゃないわよ。今日、大変だったんだって?」
それにテレンシアは苦笑いを浮かべる。
「まぁね。でも、仕方ない。あいつが悪い」
「あなた、また余計なことしたんでしょ?」
それにテレンシアは視線をそらした。図星というやつだ。
「どうせ、無謀な冒険者を死なせないためにわざと挑発して、大怪我させたとかでしょ?」
「…………」
沈黙するテレンシアを見て同僚はため息をつく。
「あのねぇ……あんたのその行動が問題だって理解している? あんた何人冒険者をやめさせているのよ」
「うっ……」
痛いところを突かれて何も言えない。テレンシアが担当した冒険者はこれまでに20人以上が冒険者をやめている。彼女はいつもこう告げる。
『浅はかで、愚かで、命知らずで、戦って死にたいのなら、戦争にでもいって死んで来い。冒険者をなめるな』と。
「聞いたわよ、相手はDランクの冒険者なんでしょう? それをSランクのあんたが手加減なしで蹴飛ばすなんて馬鹿げてるわよ。よく生きていたわよね。それにそんなことをしたら、ギルドのイメージダウンにも繋がるのよ? すでに噂せれているし」
弾丸のごとく、次々に責め立てられるテレンシアは背が高いのにも関わらず、小さくなっていた。そらした視線先にミラは回り込み、覗き込む。
「ねぇ、聞いてる?」
それにテレンシアは謝る。
「ごめん」
「謝るのは私じゃないでしよ?」
「そ、そうだね」
テレンシアは素直に返事をする。
「まぁ、あんなことしてから、いまさら謝りに行けないだろうからあたしが代わりに行ってあげる」
「え?」
驚くテレンシアを無視してミラは話を続ける。
「それで今回の件はなかったことにしてもらえるよう交渉してくるから安心なさい」
「あ、ありがとう。いつも迷惑かけてごめん」
「まったく、世話がかかる同僚だよ」
それにテレンシアは背中を丸めた。
「ねぇ、それより、今日どう?」
「どうって?」
ミラは親しげにテレンシアに肩を組んだ。
「決まっているでしょ! ご飯よ、ごはん」
「あ、あぁ大丈夫」
「よし、じゃあ、行こう!」
そういって、ミラはテレンシアの手を引っ張りながら夜の街へと向かったのであった。