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第2話 その名はテレンシア

夕暮れ時、エスドラドの冒険者ギルドがピークを迎える時間帯だった。


多くの冒険者は時間を忘れないために夜になると地上へと戻ることにしている。


地上へ戻ると彼らは取れた鉱物、魔石、食材、任務などの完了報告をするために、冒険者ギルドへと訪れるのである。


受付カウンターではすでに冒険者たちが複数の列を作り、長蛇の列となっていた。


誰もが疲れたような表情をしていたが、一仕事終えた達成感のある顔で、順番を待つ。


少し離れた場所では換金所が設けられており、そこでは魔石と呼ばれるモンスターを倒したときに出る魔力の結晶体をお金に変えるために並んでいる人もいる。


冒険者ギルドの中では、話し声は途切れることもなく、喧騒とした雰囲気が漂っていた。


そんな中で、受付カウンターを力強く叩く音がした。


その音で、それまで騒がしかった冒険者ギルドから話し声が一斉に止まる。


「ざぁあああけんなぁああ――――ッ!!!」


大男が怒鳴り声をあげ椅子を蹴り飛ばす。


男の目の前には白銀の髪を後ろに束ねた赤目の受付嬢が怒鳴り声に臆することなく、静かに見据えていた。


大男は受付嬢の小さな頭を片手で掴み上げることができるほどの大きな手で受付カウンターを激しく叩いた。


「なんで、この俺様がぁああ!! こんな雑魚モンスターの討伐依頼を受けなくちゃいけねぇんだぉおおお!!」


そう言ってカウンターの上に一枚の依頼書を叩きつける。


それはランクDのクエストだった。


ランクはA~Fランクとあり、Dはかなり難易度が低い内容である。


初心者用の依頼クエストが多く、依頼内容は『オーク5体の討伐』、報酬は金貨10枚(10万円)と書かれている。


しかし、目の前の大男はその依頼内容と報酬に対して不満があるようだった。


しかし、受付嬢はそれを知ってか知らないのか真顔のままで答える。


「―――何か不満でもありますか?」


受付嬢の冷たい視線を浴びながらも、大男の態度は変わらなかった。


「不満しかねぇよ!  なんだってこの俺様が雑魚の相手なんかしなきゃならねえんだ!」


大男は自分の実力をアピールするように腕を組み仁王立ちしていた。


確かに彼の言う通りかもしれない。


しかし―――受付嬢は男の能力を示した書類に目を通す。


そこには冒険者の強さを示すランクにはD+といったランクの文字が書かれていた。


見た目と口だけの男だと察した彼女はため息を漏らす。


「あなたのような力だけの人間にはまずはこの依頼内容で十分だと思いますが?」

「ああん!?」


受付嬢の言葉に大男が顔を近づけ睨みつける。その迫力に負けじと彼女も言い返す。


「ですから、あなたの能力ではこの程度の仕事をこなすことが一番いいと――」

「てめぇ喧嘩売ってんのか?!」

「いいえ。 ただ事実を述べただけですが……」


彼女の言葉に男の額に浮かんでいた青筋がピクッと動く。


「どうやら死にたいらしいなぁああ!!」


拳を振り上げる。


その瞬間、他の職員たちが顔を真っ青にする。


男は振り上げた拳を下ろす前に、後ろから他の冒険者らが羽交い締めにする。


「おい、落ち着けって! 彼女に手を出すなよ!」

「放せ! 俺はこいつをぶん殴らないと気が済まねぇ!!」


そういって、力だけ自慢の男は羽交い絞めにした冒険者らを振り払い、受付嬢に拳を振り下ろした。


だが、次の瞬間――振り下ろした拳を受付嬢は顔色一つ変えることなく、片手で受け止めたのだ。


ペチンという音がただ響き渡るだけで、大男は驚き声を漏らす。


「なんだと……?! てめぇ……何者なんだよ」

「私はただの受付嬢です」


ただの受付嬢にしては、肝が据わりすぎている。


そして、大男の渾身の一撃を片手で受け止められるか弱い女性がいるのだろうか。


受付嬢は呆れたようにため息をついた。


倒れた椅子に視線を一瞥したあと、大男に戻すと告げる。


「それよりも……これ以上、騒ぎを起こすようなら……どうなるか分かってますよね?」

「ざけんなぁ!! ただの受付嬢ごときが図にのんじゃねぇーぞぉ!!」


男は椅子を叩きつけ、破壊する。


それに対して、受付嬢の眉がピクリとはねた。


今まで、顔色一つ変えることもなかった彼女の目が細くなる。


「分かりました。それじゃあ、こうしましょう。この仕事を受けたければ、私と戦ってください。私に勝てば、あなたが望む依頼を用意いたします。その代わり、もし負けた場合は素直に引き下がってもらいます。それでよろしいですか?」


その提案に男はニヤリと笑った。


「へっ、面白れぇ……その勝負乗ってやるぜ!!」


そう言って、男は腕まくりをして、後ろへと下がると腰に下げていた斧を手に取り構えた。


傍観していた冒険者の一人が声を上げる。


「おい、得物は卑怯だろ!」


しかし、隣にいた冒険者がそれを言う。


「大丈夫さ。あの受付嬢、『ばけもの』だから」


それに受付嬢も静かに椅子から立ち上がると受付嬢とは思えないほどの身軽に受付カウンターを飛び越えた。


静かに着地した受付嬢に周りにいた冒険者から感嘆する声が漏れる。


「それではどこからでもどうぞ」


受付嬢のその声と共に周りにいた職員らはこれはやばい、と感じ、巻き込まれないようにと、机や椅子を退けて、冒険者らもその場から離れさせた。


職員たちは受付嬢の心配よりも男のほうを心配していた。


そんなことは知らない大男は受付嬢を小ばか馬鹿にした様子で鼻を鳴らす。


「ハッ! ぶっ殺してやる!!」


そういって、斧を構え突進し、斧を勢いよく振りかざした。


「死ねぇええやこのくそがぁあああ――――ッ!!」


大男は最初から殺すつもりだった。


勝負をするつもりはなかったようだ。


しかし、受付嬢はそれに対して、慌てることもなく、スッと身を屈めるとそのまま大男の横を通り過ぎる。


去り際に足を引っかけて、転ばせた。


大男は豪快に転げ、受付カウンターにぶつかって、破壊する。


ぶつかった拍子に男の額がぱっくりと割れ、血が滴り落ちる。


その血を見て、手で抑え、痛みと怒りに激高する男に対して、受付嬢は何事もなかったかのように振り返る。


「まだやりますか?」


そう尋ねると男は怒りで顔を真っ赤に染め、斧を拾い上げると再び襲い掛かってきた。


それをまたもや華麗に避け、虚空を切りさくだけだ。


凄まじい速さで振り下ろされる斧を紙一重で避ける。


「くそぉおおお!! ちょこまかと逃げやがってぇええ!!」

「逃げる? とんでもない、攻撃しているのはそちらじゃないですか」


その言葉に男の額に再び青筋が浮かび上がる。


「ふざけけんなぁああああ!!!」


しかし、どれだけ振り回しても当たらない。


受付嬢は余裕のある表情を浮かべたまま、回避し続けている。


「ハァ……ハァ……」


大男が肩で息をし始め、疲れが目に見えてきたところで受付嬢はため息を漏らす。


「これ以上は困ります。冒険者ギルドの建物が壊れてしまいますから。そろそろ終わりにいたしましょうか」


そう言うと彼女は踏み込んだ。一瞬で距離を縮められたことに驚いた時には受付嬢からの回し蹴りが男の脇腹に直撃していた。


「ぐぼぉお!?」


男はそのまま吹き飛ばされ、壁に衝突し、気絶してしまった。


「まったく……これだから脳みそまで筋肉の男には嫌になります……」


その言葉に周りの男たちがうんうんと首を縦に振る。


近くにいた冒険者らが気絶した男を運び出す中、受付嬢は椅子に戻り、何もなかったかのように書類の束を机でトントンと整えると先ほどと同じように微笑む。


「次の方、どうぞ―――」


その後、依頼手続きを済ませるために書類を受理していき、受付嬢は冒険者たちを見送る。深々とお辞儀したあと、無表情のままで、告げる。


「ご利用ありがとうございました。どうぞ、無事に帰還されるように心よりお祈りしております」


冒険者ギルドを後にする冒険者らの背中を見送るのであった。

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