とある飛行船の中。
魔法によって飛ぶこの船の中で男は豪華な椅子に身をゆだねながら窓の外を眺めていた。
男の鼻には口と並行に火傷の後がついていた。
窓の外は暗く、星が輝いている以外はただ白い雲がゆっくりと流れていく。
その様子をかなり疲れた顔をしながら、虚ろな目で眺めていた。
そして瞼が重いのか、鼻のやけどの跡を右手でさすりながら、ゆっくりとその目は閉じられた。
・・・・・・
「おい……どうなっている!!西地区が燃えてるぞ!!」
「俺の家と彼女が!!!すまない、勇者。行かせてくれ!!!」
「わかった。俺は助けれるやつを助けにいく!」
勇者と別れて町の中を全力で走る。
どうして俺の町が……
魔族討伐の遠征から帰って来たばかりだってのに、どうして……
俺が大好きだった街が焼かれているんだ……
色々な場所で悲鳴が聞こえる。
「助けてくれ!」
「魔族が攻めてきたのか!?」
「逃げろ!!!」
人々は慌てながら走って逃げている。
俺は自分の体より大きな剣を持ちながら町の中を右、左とかきわけて走る。
ぱっと見た限り、魔族は見当たらなかった。
焼けている町を入ったためか、火の熱さで喉が焼けるように痛いが、そんなささいなことを気にしても仕方がない。
目的地に着いた……
一戸建てで青い屋根の家だった場所。
だが、今は見る影もない。
俺は自分の家の前で力の限り叫ぶ。
「トリシュ、いるか!!!」
家はすでに半分崩れていて、火も近くまで来ている。
火によって手が焼けるが、気にせずに崩れた家の破材をどける。
すると、破材に挟まり気絶している女の人が見えた。
「おい、トリシュ!!!生きているか!?」
トリシュは俺の声で意識が戻ったのか、目を開く。
「ガル……あなたなの?」
「あぁ。今すぐ助ける!ちょっと待ってろ!!!」
俺はトリシュが挟まっている破材をどかそうとする。
だが、数多くの家の残骸が乗っているため、俺の力でも全くびくともしない。
周りを見るが、誰もこちらを向かず逃げまわっているだけ。
くそっ、くそっ!!!
どうして……トリシュが……
俺はトリシュを守るために戦士になったってのに……
どうして一番大切な時に一緒に居れなかったんだ……
トリシュは俺の方を見て、ニコッと笑った。
「ガル、ありがとう……あなただけでも逃げて」
「いやだ!!!お前を守るために……俺はこれまで頑張って来たんだ!!」
俺はトリシュの上に乗っている破材をどけようと力をかけるが、全くびくともしない。
くそっ、どうにかできないか。
周りをみるが、火、火、火……
使えそうなものは全て燃え尽きている。
そんな様子を見て、トリシュは笑顔のまま涙を流した。
そして破材を取り除こうとしている俺に声をかけてくる。
「あなたと共に時間が、一番輝いていた」
「横にあなたがいると安心して……とっても温かかった」
「あなたが町の子供たちと遊んでいる姿は……とても愛しかった」
「私は……あなたと一緒に入れて幸せだった」
トリシュの言葉に俺は涙が流れる。
もう助けれない……
現実が目の前に突き付けられている。
トリシュにかける言葉が……心から何も出てこない。
「ねぇ、あなた。目が見えなくなってきたから近くにきて」
俺は破材を持ち上げるのをやめ、トリシュの近くに歩いた。
そしてしゃがんで顔を近づけた。
「……きたぞ」
「ありがとう。もっと近づいて」
トリシュの顔の傍までガルは近づける。
チュッ……
トリシュは俺に口づけをした。
涙が……止まらない。
声も.......出ない。
口づけから離したのち、トリシュは俺の目を見て話す。
「最後に……私と二つだけ約束して」
「一つは……憎しみに身をゆだねないで。おそらくあなたは正義感から、復讐に身を投じるかもしれない。でも、私はそんなあなたはだけは見たくないの.......」
「もう一つは……子供たちを助けてあげて。どんな人でも、弱い人を守る正義の味方になって。人間であっても……魔族であっても……子供たちは何も悪くないから。そして最後に『ありがとう』って言われる人になってね……あっ……」
「約束が三つになっちゃったね。私って欲張りなのかも」
トリシュはにこりと笑った。
俺はトリシュの頬を右手でさすった。
「あぁ……わかった。守る……必ず守るよ……」
「絶対だよ。信じてる……からね」
俺はトリシュの唇に自分の唇を合わせる。
そして最後であることを理解しながら離した。
「ありがとう……さぁ、行って」
「……」
俺は……体が全く動かなかった。
頭では逃げないといけないことを理解しているにも関わらず、体が拒否していた。
「戦士……行くぞ」
いつの間にかいた勇者がしゃがんでいた俺の腕をつかんで無理やり立たせてきた。
その後のことはほとんど覚えていない。
だた勇者が俺に言った言葉だけはしっかりと覚えている。
「トリシュさんとの約束は絶対守れよ。トリシュさんとの約束は……俺とも約束だ」
そう言っていた。
その後、巨大都市『リアナ』で唯一魔族に攻め込まれたとされた西地区は、
その悲惨さを後世に残すため廃墟であるにもかかわらずそのままにする案が出た。
俺は賛成した。
トリシュとの大切な約束を忘れないために
・・・・・・
男の目が開く。
飛行船はまだ飛んでいたが、朝日が窓から差し込んでいた。
男は両手を上げて伸びをしてから、右手に青色の魔方陣を出す。
そして数秒後、その魔方陣に向かって話しかける。
「俺だ」
「……」
「とりあえず任務は……完了した。もう連絡してくるな」
手の魔方陣から何か声が聞こえるにも関わらず、青色の魔方陣を消した。
そしてそのまま窓の外の朝日を眺めていた。