フードの中が自分たちを襲った女の猫又だとわかった瞬間、大将とルトは構える。
だが、猫又は崩れるように土下座をした。
「お前たちしか頼める奴がいないんだ……助けてくれ」
「おまえ……」
その様子を見ていたルトが顔を真っ赤にして怒鳴る。
「お前!すずねちゃんをさらった上に大将を刺した張本人だろうが!!
どの面下げてきやがったんだ!!!」
「その件はすまなかった……」
「謝って済む問題か!!!」
猫又は土下座のまま謝り、頭を全く上げなかった。
だがルトは近づくこともせず、構えも解かずに見ていた。
大将は何も言わないものの、かなり険しい顔で猫又を睨んでいた。
それでもなお、猫又は謝り続ける。
「本当に……本当にすまなかった……」
「さっさと帰りやがれ!俺たちはお前を助ける義理はどこにもない!!」
「……」
猫又は何も言わず、土下座をしたままその場を動かない。
大将もルトも警戒してなのか、同じく動かなかった。
沈黙が少し続いたのち、三人とは異なる声が店の中で響く。
「ねぇ……はなしだけでも、きこうよ」
緊張しているすずねの声だった。
その言葉にルトと大将は信じられないという顔で同時にすずねに話す。
「嬢ちゃん!?何言ってんだ。こいつはお前をさらったやつだぞ!!」
「すずねちゃん。どうしてそんなことを言うんだ!?」
二人の質問に少し悩みながらも、すずねは答える。
「このひと、たぶんだけど……そこまでわるいひとじゃないよ」
「「えっ!?」」
すずねの回答があまりにも思いがけない答えだったからか、
大将とルトの驚きの声がハモった。
その声を気にせず、すずねは話を続ける。
「わたし……つれさられたとき、このひとにやさしくしてもらった」
「てをろーぷでしばられるときもやさしかったし、はこぶときも、きにかけてくれた」
「たいしょうがこなかったら、まかいににがしてあげるってこそっといわれてたの」
「『ごめんね』ともいわれてた……」
「「……」」
大将とルトはそれでも信じられないという顔ですずねの方を見る。
すずねは最後に呟くように話す。
「だから、ほんとうにわるいひとじゃないとおもうの」
「はなしだけでもきいてあげよ?」
その言葉にルトがすずねに尋ねる。
「嬢ちゃん……一つだけ教えてくれ。どうしてそれを今まで言わなかったんだ?」
「たいしょうにつらいおもいでを、おもいださせたくなかったから……」
「……」
ルトは黙り込む。
大将は構えをほどいて厨房の方に向かう。
それを見たルトは大将に慌てて話す。
「おい、大将!?どうするつもりだ?」
「話を聞くんだったら、お茶ぐらい出してもいいだろう」
「おい!本当に話を聞く気なのか?正気か!?」
大将は土下座を続けている猫又を睨みつつ話す。
「正直、全く許しちゃいないし、信じてもいない。
ただ……俺はすずねちゃんを信じたいだけだ」
「たいしょう……」
さっきまで緊張していたすずねの顔がにこやかになる。
ルトは頭をかきながら叫ぶ。
「わかった……わかったよ!!話を聞けばいいんだろ!!
おい、さっさと立ち上がってそこに座りやがれ!」
猫又は土下座の態勢のまま顔を上げる。
その顔は涙でぐちゃぐちゃに濡れていた。
「すまない……本当にありがとう……」
猫又は土下座の態勢のまま再度、頭を下げる。
それを見たすずねが猫又に近づいて手を出して話しかける。
「いこ?」
「……あぁ」
猫又は頭をあげ、顔が涙でびちゃびちゃに濡れているからか、手で顔を一回拭ったのち、
出されたすずねの手を握って立ち上がった。
そして険しい顔を崩さないルトの対面のテーブル席に座った。
すずねは濡れている体を拭いてほしいのか白いタオルを持ってきて猫又に渡す。
そこに大将が湯呑に入ったお茶をテーブルに置いた。
そしてそのまま再び厨房に戻ろうとする。
その様子を見ていたルトが変なものを見ているような目で大将に話しかける。
「大将、俺らの分はすでにあるし、どうして戻るんだ?話を聞こうぜ」
「いや、この話はもう二人が来てから話を始めてもらおうかと。今から連絡してくるから」
「二人って……」
「大丈夫。すぐ来るから」
大将はそういうと、厨房に引っ込む。
誰も一言も話さない状況で時が過ぎ……
10分後、引き戸がガラガラと音を立てて開いた。
そこには勇者アイルと魔王ルヴィアがずぶ濡れで立っていた。