小料理屋『ゆうなぎ』が再び開店してから数日程度たったある日。
店を再開した時のような込み入った様子はなく、少し落ち着いてきたようだ。
大将もすずねも落ち着いた様子で客にご飯を提供していた。
すると、ガラガラと引き戸が開く。
すずねはその音を聞いた瞬間に引き戸の方を向いて声をかける。
「いらっしゃいませ!……あっ、あいるさんとルヴィアさん!!」
そこには勇者アイルと魔王ルヴィアがラフな格好で扉の前に立っていた。
アイルが一歩前に入ってすずねに尋ねる。
「すずねちゃん!おひさ!!席、空いてる?」
「もちろん!かうんたーせきにどうぞ!!」
すずねは二人をカウンター席に案内する。
料理を作っていた大将はカウンター席に来た時に料理を作りながら声をかけた。
「アイルにルヴィアさん。いらっしゃい」
「おう来たぜ。店の調子はどうだ?」
「思ったよりいい感じかな。常連の人たちもたくさん食べに来てくれてるし、新しい人も来てくれてるから。ただ……」
「ただ?」
大将が言葉に詰まったことが気になったのか、アイルは大将に尋ねる。
大将は苦笑しつつ、頑張って働いているすずねの方を見て話す。
「前からあったんだけど、最近は特にあんな感じのことが多くってさ」
「あんな感じって……?」
アイルとルヴィアは大将の目線の方を見た。
人間とすずねが何か話しているようだ。
二人は聞き耳を立てて、何を話しているのか聞いてみる。
「すずねちゃんって名前なんだ!可愛いね!!」
「ありがとうございます!」
「すずねちゃん、明日とか時間ない?」
「えーっと……」
すずねは少し困った様子で周りをキョロキョロとし始めた。
その様子を見ていたアイルがガタンと音を立てながら立ち上がる。
そして無言で二人の方に行こうとする。
「勇者、左手だけしか使っちゃダメ。剣も右手も絶対ダメだからね」
「わかった。左手ならいいんだな」
「グーもダメよ」
「……パーで行ってくる」
ルヴィアの言葉に怒りをにじませたアイルが返事をした。
そしてアイルはポキポキと指を鳴らしながら、二人の方に歩いて行った。
それを見ていた大将が頭を抱えながら呟く。
「……はぁ。こうなると思ったから言うかどうか悩んだけどなぁ」
「まぁいいじゃない。盛大に一回ぐらいやっておくことは大切よ」
「それは魔王としての威厳、みたいな話ですか?」
「いえ秩序、という意味かしら」
ルヴィアが大将にそう言うと、アイルの言葉が店に響く。
「おい、そこのお前!誰の許可を得てすずねちゃんを口説いてるんだ!!!」
「なに?誰だ貴様!」
「すずねちゃんの……大ファンだ!!」
「ふざけたこと言いやがって!!!」
人間が立ち上がってアイルの前に立った。
するとアイルは左手を大きく振りかぶった。
その様子を見ていた大将が呟く。
「いい音が鳴るだろうなぁ……」
バチン!!!!!
アイルはパーにした左手で人間の右頬をビンタした。
ビンタされた人間は吹き飛ぶ。
その瞬間、店の中から色々な歓声が上がる。
「さすが!」
「かっこいい!!」
「見てて惚れ惚れするビンタだね!」
「もう一発かましてやれ!!」
アイルはビンタした左手を振りながら、倒れている男を右手で指さして怒鳴る。
「すずねちゃんはこの店みんなのアイドルなんだ!勝手に手を出すんじゃねぇ、この馬鹿野郎!!!」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
アイルの言葉に店全体から轟く声が響き、拍手喝采になる。
それにこたえるかの如く、アイルは手を挙げた。
その光景を尻目に、顔どころか全身を真っ赤にしているだろうすずねが大将の元に静かに歩いてくる。
「たいしょう……とってもはずかしいよ……」
「だろうね」
大将はハァ、とため息をつきながらすずねに答える。
それを横で聞いていたルヴィアが頬つきをしながらすずねに話しかける。
「すずねちゃん、こういう時のいい対処法を教えてあげる」
「どんなほうほう?」
「ちょっとこっちに来て頂戴」
「?」
すずねはルヴィアの方に歩いていく。
誰にも聞こえないようにルヴィアがすずねの耳元でごにょごにょと話している。
すずねは縦にうなづいたものの、少し困惑した表情になった。
「ほんとうにそれでいいの?」
「もちろん!魔王様のお墨付きよ」
「……わかった」
すずねの目はキリッとする。
その様子を見ていた大将は少し不安な顔になった。
そして店全体から拍手をもらって帰って来たアイルが得意げにすずねに話しかけた。
「すずねちゃん、大丈夫だった?また頼ってくれていいよ!」
「……」
すずねは右手をパーにしたまま大きく振りかぶった。
その瞬間、ルヴィアはにやにやしながらその様子をみており、
横にいた大将が呟く。
「とってもいい音が鳴るだろうなぁ……」
バチン!!!!!
二回目のビンタの音が店に響いた。