「ここは……」
大将は店の布団の中で目が覚めた。
外は夜なのか部屋は暗く、外からリンリンと虫の鳴き声が聞こえる。
体を起こそうとしたものの、何かに気づいてすぐにやめる。
「すぅ……すぅ……」
大将に覆いかぶさるようにすずねが寝息を立てて寝ていた。
いつものもふもふ尻尾はペタンとしている。
「たい……しょう……できたよ……」
何か夢でも見ているのか、何か寝言を言っている。
その様子を見た大将は静かにほほ笑む。
すずねが起きないように静かに起きる。
自身が寝ていた布団にすずねを寝かし、上から毛布を掛けた。
そして、静かに1階に降りて店の外に出た。
天気はよく、満天の夜空が広がっていた。
気温もちょうどいいのか、大将は夜風を楽しむかのように目を閉じる。
そしてゆっくりと目を開き、一人呟く。
「あまりに色々ありすぎた。
店に衛兵と公安の奴が来た上にすずねが襲われかけて、
魔族嫌いのはずの戦士さん……が助けてくれて。
そのあとは、記憶が......いてて」
大将は頭をさする。
すると、頭には包帯が巻かれていた。
「そうだった。衛兵に倒されたときに頭を打って。
かなりフラフラだったんだ。
戦士さんが店から出た瞬間から記憶がないってことは......俺は倒れたのか」
呟きながらも大将は口の中が気持ち悪いのかもぐもぐする。
そしてかなり顔をしかめた。
「くそっ、口の中も切っていて血の味がしてきついな……。
明日から料理の味付けどうしようか。治ってくれればいいのだが」
呟きながらも、何もすることが無いからか店の横の祠の方に歩きつつ独り言は続く。
「しかし、あの公安のヴィゼルは何だったんだ?
急にうちの店を標的にして何がしたい……」
「おぉ、お主か」
「だれだ!?……いや、この声は」
大将は呼び止められる声を聞いて驚き、キョロキョロする。
すると、祠の近くにひげが長く、白い服を来たお爺さんが立っていた。
「ほっほっほ、儂じゃよ」
「脅かすなよ......あんたか、久しぶり」
「久しぶりじゃのぉ。元気しておったか?」
「これを見て元気に見えるか?」
大将は頭の包帯を見せる。
お爺さんはそれを見てにこりとする。
「若者の勲章じゃな」
「あのなぁ……」
「まぁ、命あったんじゃから、良かったじゃろうて」
「そうだな」
大将は自然とお爺さんの前まで歩いた。
お爺さんは優しい笑顔で大将に話しかける。
「そうそう、祠をここまで直してくれてありがとうのぉ。
外側だけとはいえ、壊された時から見れば全く別ものじゃ」
「どういたしまして。俺は何もしてないけどな」
ケラケラと笑いながら答える。
そうだ、と言いながら大将はお爺さんに尋ねる。
「お爺さん、名前は何て言うんだ?」
「お主、名前を聞くときは自分から名乗るのが礼儀ってもんじゃないのかのぉ」
「確かに……俺はここら辺では大将と呼ばれている。よろしく」
大将はお爺さんに手を伸ばす。
お爺さんは手を握って答えようとする。
「儂は……」
何かを言おうとして首を振る。
手を引っ込めて、ニコリとして話しを続ける。
「なんじゃったかのぉ……」
「おいおい、ちゃんとしてくれよ」
「ほっほっほ。名前なんていいじゃないか。じじいと呼んでくれ」
「はぁ、呼び捨ては好きじゃないから、お爺さんって呼ぶから」
「なら、それでよい」
ため息をつきながら大将は話す。
それに対してニコニコした顔で答えていたお爺さんが少し真面目な顔をする。
「祠の修理の件じゃが、もう少し急いだほうが良いかもしれん」
「……どうしてなんだ?」
「この世界で問題が広がっておる」
「問題?」
大将の問いを聞いて、お爺さんは北の方に体を向ける。
そして遠くを指さした。
「あれが見えるか?」
「あれ……何も見えないが」
大将はお爺さんの指さす方向をじっと見る。
ただ、遠くに山が見える以外は城下町がっているだけにしか見えないようだ。
それをお爺さんはにこやかな顔に戻る。
「そうか、お主には見えんか」
「おいおい、何が見えるってんだ?」
「ほっほっほ!」
お爺さんは笑うだけで何も答えない。
大将はこれ以上聞いても意味がないと悟ったのか尋ねるのをやめた。
そしてひとしきり笑ったのちに呟くようにお爺さんは大将に話す。
「まぁ、まだ儂の力でどうにかしておくからのぉ。
だから……あいつを頼んだぞ」
「あいつ……おい、それってすずねのことか?」
「ほっほっほ!」
お爺さんは再び笑うだけで何も答えない。
ただ、大将は何か一つでも知りたいのか詰め寄ろうとする。
その瞬間、急に風が舞い上がった。
余りの突風に大将は目を閉じる。
そしてその突風が無くなると……お爺さんは消えていた。
「クソッ、また聞きそびれた……お爺さんは一体誰なんだ?」
祠の横でそう呟いた瞬間、店の開き戸がガラガラと開いて誰かが慌てて飛び出してきた。