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第14幕:竹原遠夜、死亡。

竹原遠夜と時夜は、父子家庭で育った。母の顔は知らず、いつも忙しそうな父と暮らしている。しかし、気づいた時には遠夜は手が付けられないほどの凶暴性を持つ存在になっていた。それは彼らの母が持っていた妖艶さを根底に持つ、人の芯をたぶらかすような、そんな妙なものでもある。

父は、遠夜の存在を恐れた。妻の恐ろしさを持つ存在が、自分の近くにいること。自分がそれを育てていること。それは正しいことなのか。分からなくなってくる。今までは人から逃げるために、転々と場所を変えていたが、ついにその体力も気力も失われた。そしてやってきたのは、妻ではなく―――新興宗教。

2人の父は、弱い自分自身を慰めて、癒してくれる新興宗教へどっぷりと浸かった。少なかった預貯金も、家財一式、すべてをそこへ捧げ、ついには言われるまま、子どもたちも差し出した。こうして、遠夜と時夜は新興宗教の新たな象徴となったのである。特にそれを喜んだのは遠夜である。当時、2人の見た目は少女のように愛らしく、髪を整えて衣類を選べば、中性的な少女そのものであった。そんな2人を、周囲はより一層崇める。歪んだ遠夜の精神は、まさに千里眼の女と同じであった。

象徴の父として新興宗教へ迎えられた父であったが、彼は何も持たない人として、ただ信者たちの最前列、一番端に並べられる。誰も彼を父と呼ぶことはなく、信者の1人としてしか数えられず、幹部でもない。金を手にすることもなければ、地位もなく、ただそこに存在する男になり果てた。


遠夜は信者たちから崇められた。とにかく遠夜様と呼ばれて、それはそれは大事にされる。しかし実のところ遠夜には大して能力はない。あるとすれば時々、遠くが見えるくらいだ。それを上手に神のお告げだのなんだのと言って、周囲を騙す。しかしそれでも信者にとっては嬉しいお告げばかりだった。逆に時夜は、次第に能力に目覚めた。彼の能力は千里眼。遠くを見る能力。透視能力ではなく、ただ単に遠くの何かを見ることができた。同時に、それは【睡眠】の中で行われる。

時夜の能力は、まさに竹原の女が求めた千里眼と同じであった。竹原の女たちは、千里眼の能力が【女】にしか遺伝子しないと勝手に思い込み、双子が男児であったことに落胆したのだ。だが実際はそんなことは関係なく、双子の片割れには千里眼の力が開花した。その力が開花されたことを知った兄の遠夜は、それをとても憎んだ。憎んで、憎んで、ついには弟の喉を潰す。声が出せなくなった時夜は、次第に心を閉ざし、眠る時と眠らない時の落差が激しくなる。眠る時はひたすら何日も眠り、眠らない日は何日もボーッと壁を眺めるばかり。壁の向こうに何かを見ているようで、信者たちは気味悪がり、彼の能力には気づきもしなかった。

こうして、真の能力者は自由を奪われ、偽物がこの組織を我が物顔で歩いていく。まだ子どもでありながら、醜悪な顔で遠夜は笑うのだ。遠夜は気に入らない信者を拷問して殺したり、延々と続く作業を繰り返させたり、まさに悪に染まっていた。嫉妬から弟の喉を潰せるような輩だ。周囲がどうなろうと、気にもならなかった。

しかし、ついにそれも終わりを迎える。虐げてきた信者たちの中には、かつて自分を守り続けてくれた父がいたのだ。だが父の顔などすでに忘れてしまった遠夜は、父が自分を殺しに来る夢を見た。滝のような汗が流れ、息が止まりそうになる。夢で見た日がいつなのか確認すれば、今日だ。まさかそんな、と思った時、自分に危険が及ばぬよう、弟を身代わりにすることにした。

弟と衣類を変えて、普段過ごす場所も交換しておく。もしも弟が死んだとしても、自分の身代わりに死んでくれたと立派な葬式でもすればいいだろう。遠夜はそれくらいにしか考えていなかった。もしも弟が死んだらな、と想像したが、大して生活が変わるわけでもない。時夜は話せないし、自分で何かをすることもない。廃人のように寝ているか、壁を見ているだけ。


そんな弟に何ができる―――そう思った瞬間、背中に激しい痛みがあった。刺されている、と思った時、そこにいたのは顔も忘れた父だった。夢と状況が違う。場所も時間も、何もかもが違うのに。遠夜は父に何度も刺された。父が何か言っているようだったが、分からない。そうか、と遠夜は思った。自分が見てきたものは【確実な死】だった。自分が見ることができるのは【確実な死】であって、無意識に死ぬ人間を選んでいたぶっていたのだ。もっと早くに気づけたなら、と思いながら、消えゆく意識の中で思う。それこそおかしいのだ、変えることができない死を見るのが自分の能力だから、早くに気づいても意味はなかった、と。

父は、教祖である遠夜を殺害した罪で、すぐに信者から殺された。殺されて、バラバラにされ、村の土地に埋められる。遠夜の遺体は丁寧に布で包まれ、乾燥させられ、今でも教祖の席に座っている。


時夜は、景吾にそのことを頼んだ。兄の遺体を持っていきたいこと。この村はすでに壊滅させられ、信者の1人も残っていない。千晶と奈雄が徹底的に殺戮を行ったからだ。証拠の1つも、何も残らない予定になっている。時夜にとって、ひどい人間であったとしても、兄は兄だった。もしかしたら、あのまま生き続けても誰かに迷惑をかけるだけだったかもしれない。しかし人間とはそういうものではないだろうか。

「千晶、あれを持っていける?」

景吾が尋ねると、千晶は乾燥した子どもの遺体を見た。丁寧に衣類や装飾品をまとわされている存在だが、そんなものを持って行って何をするつもりか、と思ってしまう。

「僕が持っていくよ。あんなの、枯れ枝と変わらないでしょ」

「奈雄……」

枯れ枝と言ったが、それなりには重さがあった。子どもとはいえ、もとは生きていた存在だ。完全に乾燥しても、それなりの重量が残っている。それを抱き上げる奈雄は、無表情だ。いつもはよくしゃべるのに、ずっと黙っている。

「平気か、奈雄」

心配した千晶が聞くと、奈雄は言った。

「何の感染症があるか分からないからね。みんなは近づかない方がいいよ」

「そうか」

「そう。まあ僕と景吾くらいは平気かもしれないけど」

2人のそれぞれの能力があれば、感染症は防げる可能性が高い。実のところ奈雄は自分の体のさまざまなところに、植物や微生物を生息させている。通常の人間では害になることでも、奈雄にとってはただの共存だ。肺の一部に微生物を忍ばせ、それがさまざまな感染症から奈雄を守っている。景吾の場合は遺伝子が操作できるので、自分を変化させるよりも感染症の原因となっているものを無害なものにする方が早かった。


こうして、この新興宗教の土地から3人の【子供達】を救い出した彼らは、屋敷に戻ってくる。当時の屋敷は、名月が1人で留守番をしていた。料理など身の回りのことができるようになった彼女は、【子供達】を優先していいと言ってくれたのだ。

そんな名月であったが、さすがに遠夜の遺体を見て、嫌そうな顔をした。綺麗な顔にちょっと皺が寄って、彼女は近寄ろうとしない。しかしその方がいいことを奈雄も言ったので、彼女は特におかしな子と認識されることもなかった。樹は、相変わらず千晶に抱っこされていたが、今にも飛んで行ってしまいそうなくらいに軽い。まだ能力のコントロールができないのは明白だ。そして時夜はすでに景吾の背中で眠っていた。

「当分寝るみたい」

景吾が言うと、千晶が聞いてくる。なんとも曖昧な言い方だったので、はっきりさせたかった。

「いつまで?」

「さあ。でも普通の人より長いみたいだね」

そう言って、時夜はその後長く眠りについた。


時夜が目覚めた時、【子供達】の人数は明らかに増えていた。若い青年が増えているし、樹は外で遊ぶようになって泥まみれ。千晶と奈雄は少し老けた。そして、幼い少女がこちらを見てくる。

「あなた、寝ているのは構わないけれど、その間の世話をどうするか、しっかり考えなさいよね!」


村雨イズミ、5歳。

最年少にして、最も高飛車な乙女だ。

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