妙な話だが、不義理な子の方が能力が高いという場合が多い、と景吾は思う。長年遺伝子を見てきたが、正妻の産んだ子よりも不義理―――つまりは不倫や望まない妊娠の場合の方が、能力の高い子が生まれている。まずは自分自身がその事例だ。父は自分の年齢の半分以下の娘に、無理矢理関係して自分を産ませた。何の因果か、いや、それよりも、と景吾は思う。
「生きるために、自分自身が選んだ結果、かな?」
もしかしたら、自分という自我が生まれる以前から本能が生きるために能力値を上げた、という可能性も有り得る。つまりは、自我よりも先に命の本能がある、というなんとも不可解な話だ。難しい話をしても、抱き上げられている樹には理解ができなかったし、後ろを歩いてくる青年2人は血まみれの上に、何やら文句ばかりだ。特に奈雄の文句は、かなり厳しいことばかり飛んでくる。
「ねえ、その3000万ってどこから出てきたわけ!?」
「奈雄、景吾の金だろう。黙っていろ」
「いやいや、どうせ潰す予定の場所って分かってて、ムダ金突っ込みすぎじゃない?」
綺麗な顔を歪めて、奈雄は怒鳴る。金が好きなわけではなく、景吾の無駄な行動が嫌いなだけだ。奈雄にとって金など、景吾から無源に産まれてくる謎の資金という程度の認識で、自分で稼ぐものだとは思っていない。だからこうやって多くの人を【依頼】として始末して、そこに【代金】が支払われても特に嬉しくも何もなかった。だが、無駄遣いは嫌いなのである。
「どーせ、お金払いながら、潰すつもりでいたくせに」
「奈雄」
「千晶くんも言ってよ。それなら金を突っ込む前に、潰せばよかったんだよ」
「奈雄、静かに」
静かに、と千晶が言っても奈雄は静かになったことがない。彼が静かになるのは、寝ている時か植物と対話している時くらいだ。だから千晶自身もとりあえず形として奈雄に注意はするが、結果を求めているわけではなかった。
「景吾、この先に子どもはいない」
千晶がそう言うと、景吾が振り返った。
「そうかな?」
「名月の夢に引っかからなかったのなら、いるはずがないんだ」
「そうだね。でももしも、名月の夢にも引っかからない存在がいたら?」
「それは……」
好奇心とはくすぶっている時が一番厄介だ。何かしらの結果を見なければ、前にも後にも進めない。だからこの場合、景吾の好奇心を満たすために、彼らは最奥を確認しなければいけなかった。奈雄の一番苛々したところはそこだ。あやふやな不安定なことのために、時間を割く。それが嫌なのである。
景吾は抱いている樹を千晶に渡す。千晶はその子を抱き上げて、驚いた。ほぼ、体重がない。痩せているとか子どもだからという、物理的な理由ではない。この子は常に能力が発動状態で、体重を感じられないほどに軽くなっているのだ。
「そもそも名月は夢渡り。相手が夢を見なければ認知が難しい」
言葉を発しながら、景吾は先へ進んで行く。
「認知が難しいというのは、物体、物質として捉えることが難しいということ。簡単に言うと、視界に入るか、入らないか。手で触れられるか、触れられないか。雨は分かりやすいけれど、霧は分かりにくい。霧は見えるけれど、空気は見えない。でも存在する」
「で、いるの?」
結論を急ぐのはいつも奈雄だけだ。意外にせっかちなところがあって、それはそれで彼にとっては必要な自分の要素。そうやって急いで自分を守っていかねばならない状況で、奈雄は生きてきたのである。
最奥は、静かで空気の一定した過ごしやすい環境であった。生活空間として適度であるというよりは、睡眠をとるために心地よい、という印象である。暑くもなく、寒くもない。特に、外の音は一切聞こえない。完全に音が遮断された空間は、かなりの資金をつぎ込んで作られた場所ではないだろうか、と予想された。
簾のようなものが見え、景吾はそれを上げる。するとそこには少年が鎮座していた。緩く白い羽織だけを素肌に着せられて、まるで今まで寝ていたかのような格好だ。子どもの様子を見て、何らかの能力者だと千晶と奈雄は気づく。
「初めまして」
景吾が挨拶をすると、その少年は景吾を視線だけで見た。肩まで伸ばされた髪は、肩と額の上で垂直に切られ、まるで人形のようである。少年は口を開くことがなく、まるでそれは幼い名月を思わせた。
「ときや。ねむらないの」
樹がそう言うと、景吾がすでに時夜の頬に触れていた。
「わかった、いいよ、おいで」
景吾の声だけが静かにその場に響く―――
竹原時夜は母親のいない子だった。サラリーマンの父親が、転勤に合わせて連れ回すような形で時夜を育てていたのだが、それが転勤ではなかったことを時夜自身は知らない。父は、時夜を奪われないために各地を転々としていたのだ。誰にも知られないように、似たような職業を選んだり、時にはまったく違う仕事を選んだりしたが、どこでも影が薄くなるように、目立たないようにして過ごした。
もともと旅行が好きだった父は、一人旅の最中にガイドマップにも載っていない小さな神社へ立ち寄ったことがある。そこの境内で出会ったのが、時夜の母。美しい巫女の格好に、明るくて話しやすい人柄。顔はまずまずだが、それ以上に人柄がよくて、女としては十分すぎる良物件。お見合いや結婚相談所、最後には縁結びにまで頼った父が、気まぐれで立ち寄った場所で出会った女性だった。
いい女と言えばいやらしく聞こえるが、彼女はアルバイトで神社の巫女をしていて、実際は近くの街で暮らす女性にすぎない。しかし妙に惹かれ合って、翌月には神社ではなく彼女のもとへ、更に翌月には彼女と出かけて、その後すぐに交際を申し込んで、結婚した。彼女は一人娘だったので、よければ竹原の苗字を残したい、と可愛らしい些細な願いを言われて、それも父にとっては彼女を愛するに足る理由となる。名前など何ひとつ気にしていなかったし、養子に入るなと言われるような家柄でもなかった父は、彼女の言うとおりに何でも了承した。
おかしいな、と気づいたのは息子が生まれて直後だ。息子が生まれた、と知った彼女の両親が、舌打ちをしてまで残念がったのである。理由はなんで女じゃないんだ、と。世間とは逆ではないか、むしろ竹原の名を残していきたいなら男の子でいいのでは、と父は思っていたが、真相はそんなものではなかった。息子が産まれてから、神社の神主が逃げろと助言に来てくれた。
―――竹原の女は呪われた血筋だ、と。
かつて、竹原の女に千里眼を持つという女傑がいた。もともと器量もよく、美しい見た目もあって、その千里眼に男が次々と騙されたらしい。失せもの探しに、御祈願、祈祷、ついには死者の声を聞くだの、神様のお告げだの、時代の流れもあって人はよく騙されて、竹原の女に貢いだらしい。そして、そんな女が生まれれば、金に汚い存在も出てくる。
千里眼を持つという竹原の女は、家を建ててやるからと金持ちの男について出て行き、幼い子どもたちだけがこの地に取り残された。それが今の妻の家系。しかしどこで狂ったのか、この地に残った竹原の血筋も、自分たちは千里眼の一族だと言って、周囲を騙し始めた。
稀に遠くから来た男がいれば、家族で一番美しい女をあてがうという。それは結婚していようがいまいが、関係ない。男から金をむしり取り、優秀な子種が取れればよしなのだ。だから、父は我が子を―――双子の我が子を連れて、妻のもとから逃げ去る決意をした。
上の子は遠夜、下の子は時夜。
よく似た一卵性の双子であり、妻と妻の家族は双子は不吉だから、と何度も繰り返し言っている頃だった。