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第9幕:瀧乃名月、18歳

話をしなければ、笑いもしない。目も見えてるし、耳も聞こえている。しかし感情がないのか、気味の悪い子。時々こちらをジッと見つめ、まるで見透かしたようにしている。黒髪の間から人を見つめて、何も言わない。言いたげなのに、言わず、口を開くのは食事をする時だけ。兄の前でも、長年連れ添った仲間の前でも同じ。

「名月、気にしなくていいからね」

画用紙に向かって絵を描く少女。それが瀧乃名月。瀧乃千晶の腹違いの妹である。もしかしたら、父親すらも違うのかもしれない、と千晶は思ったことがあったが、それは景吾が否定した。景吾が言うには、遺伝子的には父親は同じ、と言う。他の意味があるのだろうか、と思ったが、千晶はそれ以上は聞かなった。

「名月は、夢で見たものを教えてくれればいい。話さなくてもいいんだ。絵に描けばいいし、それが嫌なら夢を見ればいい」

景吾が名月の落ちてくる髪を払う。名月はそれすら気にせず、画用紙を見つめていた。没頭すると常にそうなるこの子は、日本古来の未来予知である夢渡りの能力を持つ。夢で未来を予知し、それを現世へ下ろす役割だ。つまり、巫女の血筋なのである。本来巫女は、そうやって神から教えられたものを、巫女自身の体を通して現世へ下ろす。下ろし方はさまざまだが、名月の場合は夢だった。

言葉を使うことはほとんどなく、景吾も名月の声を数回しか聞いたことはない。千晶でさえ、名月とのコミュニケーションで発語は諦めている。一方的に話しかけて、名月の真意を探るやり方に変えてから、千晶自身の苛々が減っていた。妹なのに、母親が違うだけでこんなに違うのか、と思うが、奈雄は横顔が似ているとか、耳の形が似ているとか言ってくるので、たまに気にはしている。むしろ、奈雄の方が名月とのコミュニケーションは上手いようだった。奈雄のコミュニケーションは、植物を使って名月との対話を成立させる。名月は植物が好きだったので、気持ちを表す時に植物があるといいようであった。

「夢を見れる者は少なくなったと聞くよ。かつては日本全国各地にいたと言うけれど、繊細さを失ったせいかな?」

少し人を馬鹿にしたような声で、景吾は言った。しかし名月は気にせず、次の色を手に取る。


千晶は、産まれたばかりの名月とこの屋敷へやってきた。景吾によって連れて来られたが、当時この屋敷には景吾しかおらず、何をするにも景吾と一緒ということが多かった。赤ん坊の世話など、景吾にできるはずもなく、彼は人を雇ったが、千晶が気づいた頃にはその人はいなくなっていた。子どもの頃は仕事を辞めたのだろう、と思っていたけれど、成長とともに景吾が雇った人を始末したのが分かる。多分自分でも同じことをした、と千晶は思った。それくらいに、ここの秘密を守るのは大切だからだ。

少女が夢を見られるようになると同時に、彼女は絵を描くようになった。新たな【子供達】を捜索するのは、名月の仕事になる。幼い名月は、夢で見た【子供達】を景吾に伝えた。それは時に断片的で、時に荒々しい。美しい絵ではなく、雑に描かれることもあるが、聡明な景吾にはそのすべてが分かっていたようである。

小林奈雄を見つけたのも、名月であった。夢の中で見つけたボロボロの奈雄を、画用紙に描く。木や花が心配そうな顔をしている。つまり、奈雄の能力は植物に関係していること。そして、床に倒れた子どもの絵。奈雄の危険を知らせる絵であった。細かい場所や位置は、画用紙の裏に名月が数字を並べた。その数字は緯度と経度、難解な時もあるが、景吾はすぐにその場所を見つけ、調べを入れる。


奈雄がやってきてから、名月は少し話をするようになった。それは、おしゃべりな奈雄のやり取りに、絵では間に合わなくなってきたからだろう、と景吾が言う。小声で、単語。しかし的確な言葉を選んで、名月は奈雄との時間を過ごした。彼は女嫌いのはずなのに、名月だけは平気だという。女っぽくないからかな、と奈雄はそれだけで片付けたが、名月は美少女だ。大きな目に美しい髪、胸も大きくなり始めている。それのどこに女らしさがないというのか、と話を聞いた千晶は思ったが、奈雄のいう女らしさの定義をそもそも知らなった。


「名月さー、生理が来ないみたいなんだよ」

ポロッと奈雄が言った時、千晶は椅子を後ろにひっくり返した。当の本人はまだ休んでおり、目を丸くしたのは景吾である。

「そうか、今度診察してみよう」

「子ども産めないんじゃないかな、名月」

「それは分からないよ、奈雄。診察してみなくちゃ。みんな忘れているかもしれないけど、僕は医者だよ?」

「そうじゃなくって。名月がさ、もう終わりって言ってた」

その言葉の意味。それはこれから先の血族が生まれないことを、名月自身が夢で見たのか。見たとしても、それはだいぶ先の未来のことではないか、とその場の誰もが思う。

「名月自身が望んでないだけなんじゃないかな。ここには、名月の相手になる存在がいないからね。そのうち見つかるよ」

「景吾だってパートナーいないのに、よく言うよね」

「うーん、僕は一匹狼がよく似合うから!」

いい男だからとでも言いたいのか、と奈雄は少し呆れたが、名月の未来は気になった。彼女は宮城の山奥で代々続く龍神の巫女の家系だという。彼女自身、それを理解したのは夢で見たかららしい。母はすでになく、宮城の血筋を頼るつもりもなく、名月はただ夢を見て、夢の中で未来という名の龍神と対話する。龍神は未来を伝えるもの、つまり未来そのものだ。それが理解できない者には、龍神は下らない。巫女って難しいなーと奈雄が言うと、名月はそうでもないよ、とまるでそれが当たり前のように言った。


名月の能力は、周囲や他者には見えることのない能力なので、時に人は彼女の凄さを忘れてしまう。しかし時々でも、彼女はその大きな能力を日々吸収し、成長しているようであった。景吾は血筋を調べると言って、色々と検査をしていたが、実際のところは特に何も出てきていない。千晶との血縁関係ははっきりしたが、特にそれ以上変わったことがあるわけでもない。

しかし、千晶は時々名月の目がギョロリと爬虫類の目のように見えることがあった。光りの加減、見間違え、たまたま、となんとか理由を並べ立てるけれど、はっきりとした理由は分からない。そのうち、名月が自分は龍神の生まれ変わりらしい、と言ったのでそんなことはあるはずない、と千晶は思う。そもそも生まれ変わりなんて、信じていない。生まれ変わることができるなら、誰だって気にせず死を選ぶ。


そんな名月の能力がはっきりしてきた頃、景吾は東北の方から少年を1人連れてきた。10は越えているとのことだが、名月と同じくらいの年代の子だ。名前を千寿一真せんじゅかずま、霊媒師の家系であり、直近の霊媒師は祖母という。霊媒師の家系なので、そういう能力者なのかと思えば、一真は炎と水を操る少年だった。

しかし、そのコントロールが上手くできず、実家を焼き払ってしまったらしい。不審火として片付けられたが、当然祖母の作り上げてきた財産は、灰になった。灰を見ながら、祖母は一真を景吾に託したという。霊媒師では、異能力者を育てられないと、祖母は分かっていたようだ。

一真は一時的が曖昧になっている。彼の能力の場合、強い火力で全身が脱水症状となり、大量の水の使用で一気に体内の水分が復活するので、血圧の変動が激しく、彼は意識を失ったのだ。だからこそ、炎は彼の手を離れ、家を燃やしつくした。体質的な問題があることも見抜いていた景吾は、能力のコントロールや体質の改善ができれば、彼は十分に成長できると言う。


しかし、一真にはあまりやる気がないように見えた。


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