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第6幕:敷かれたレール①

名月は夢で未来を知ることができるという。

いう、と言うのは実際にそれを見たことがないからだ。一真にとって、名月はそのままの存在であった。のんびりとしていて、言葉は少なくて、いつも静かだ。そして【子供達】の中で少しだけ特別。みんな異能を持っていたけれど、彼女の場合はその異能が生まれに関係していると言われていた。

龍神の巫女の家系という話は、オカルト好きな者ならば、どこかで聞いたことがあるようなフレーズである。宮城の山奥に、そういう家系があって、巫女は代々龍神を祀っているという。いつのことだったか、口の軽い奈雄が「名月は龍神の生まれ変わりなんだってー」と面白そうに言っていた。その後に千晶に怒られていたので、嘘なのか、本当なのか、一真は分からない。


一真は分からないことがあっても、大して気にしなかった。なぜなら、そういう環境で育ったからだ。祖母は霊媒師なのに、自分の娘たちによって祀りたてられ、偽物になっていく。何を信仰しているかもはっきりせず、何を見ているのかもはっきりしない。だから、孫に異能が出ても娘たちは気づかなかった。祖母は気づいていたが、嘆くばかり。変な家だったから、家を出れると分かった時は喜んだほどである。

しかしそんな一真とは違って、幸一郎は真面目だった。生まれ変わりとは何か、と真面目な顔で一真に聞いてきたのだ。その綺麗な顔で、馬鹿みたいなオカルト話を真剣に尋ねる幸一郎は、少しだけ滑稽だった。

「馬鹿だな、幸一郎」

「そうか」

「いや、そうじゃなくってさ。今のは笑い話だよ。本当の話じゃないって。奈雄はみんなをからかったんだよ」

「そうか」

「お前みたいに、真面目になんでも聞く奴がいるだろ?そんな反応を面白がってるんだよ。生まれ変わりなんてさ、あるわけないし、あったとしても分かるわけがないだろ?」

「俺には分からない。見たこともないし、これから先も見えない」

馬鹿真面目。真面目で真面目で、真っすぐな幸一郎は、あの話をただの雑談だと認識しながら、分からないことを聞いてくる。まるで子どもだ、好奇心が旺盛な子どもと一緒だ、と一真は思う。若い自分でさえ、幸一郎の考え方はまるで幼子が知識を求めるそれのようだ、と思ってしまう。

「別にさ、生まれ変わりだろうがなんだろうが、俺たちには関係ないだろ?」

「……ないのか」

「なんだよ~、そういうの気にしちゃうタイプなわけ?占いとかにハマっちゃうぞ!?」

「占いとは、確率の問題ではないのか?」

占いを確率と言える幸一郎の頭は、まずまず普通だと思う。本当の占いを知らない証拠だ、と一真は思った。自分の祖母はそれで飯を食っていて、実のところ本当に見えていた。どう見えているのかは、一真には分からないところなのだが、見えるらしい。

「確率じゃねーな」

「そうか」

「見える人間には、見えるんだと」

「見える人間?」

「あー、お前は会ったことないもんな」

「いや」

幸一郎は少しばかり考えて、それから視線を一真に向け、口を開く。しかしそこから出てきた言葉に、一真は返事を持たなかった。


あの時、幸一郎は言ったのだ。それは人間なのか、と。見えないモノを見る存在は、人間なのか、と。一真はそれに返事ができなかった。そうなれば、つまりは祖母も自分も、人ではないとなる。つまり【子供達】は人ではなくなる。人間ではないということか。それとももっと違う何かか。

「あっち、行くよ」

名月が指さす方向に、道が見えた気がした。夢で予知をする者は、何を見て夢から覚めるのだろうか。彼女と共に歩きながら、もしもこの道が決められた道であったなら、と思うと、一真はゾッとする。今までしてきたすべてのことが、自分の決めたことではなく、決められたことだったなら。

色々と考えながら、しばらく歩いていくと道路に出た。こんなところに道路があったのか、と思ってさらに歩いていくと、向こうからトボトボと歩いてくる少女を見つける。村雨イズミ、景吾の連れてきた娘である。色素の薄い肌に、日本人形のような黒髪、黒目。黒とはこんなに深いものなのか、と思わせる。

「イズミ、待った?」

「時間から見て、あなたたちがここに来るのはもう少し早いと思ったけど」

「ごめん、遅くなったね」

「クタクタよ。分かっていたけど」

大人びた口調をしているが、少女は少女だ。彼女はその年齢では考えられないほどの頭脳の持ち主。それを異能とするか、天才とするかは、誰が決めるのか知らない。景吾は頭のいい子、と言っていたが、それを異能であるとは明言せず、しかし天才であるとも言わなかった。イズミの知能は、世界有数のレベルだという。しかしそんなレベルであるからこそ、イズミは自分自身をまだまだだと言った。

「5キロも歩けば、ちょっとは人に会うはずよ」

「長いね」

「そうね、このペースなら日暮れ……いいえ、今の気温なら完全に日が暮れるわね」

「イズミが案内してくれる?」

夢で未来を予知する娘と、世界有数の頭脳を持つ少女。その2人が一緒に歩んで行く。なんだか不思議な光景だ、と思ったのは一真だけである。

「あなた、未来を見たんでしょ」

「忘れたわ」

「嘘を言わないで。夢って言うのはね、見たことすら覚えていないのよ。見たと覚えているということは、見たんだわ」

「だから、忘れちゃったのよ。それなら、イズミが道を教えてよ」

ジロリ、とイズミは手を繋いでいる名月を見上げた。黒髪の間から、天才とも言える視線が名月を突き刺す。けれども突き刺された先が気にしなければ、刺した意味がない。

「私の計算と、あなたの予知を合わせるつもり?」

「だから、忘れちゃったって」

少しだけ名月は笑い、イズミを見る。2人の会話は穏やかだが、一真は少しだけ恐かった。もしも、見えない世界が見えるようになったなら。今まで、あやふやだった見えない世界が、計算できるようになったなら。すべてが理解できる世界ができてしまうのではないか。つまり、祖母が見続けてきた世界が見えるようになって、それが普通になる。じゃあ、その時自分たちはどうなる?


「どうにも、ならないよ」


名月の言葉がタイミングよく発せられた。相手はイズミのはずなのに、まるで一真の心の中を読んでいたかのように。いや、名月にもイズミにも人の心を読むような力はない。では未来を知っていた?これは予測された未来だった?

「一真、行こう」

「あ、ああ」

「イズミがね、この調子だとそのうち車が来るって」

来たとしても、こんな3人組を乗せてくれるだろうか。一真の不安そうな顔を見て、イズミは高飛車に言った。

「気にすることないわ。私は幼女、あなたたちは若い。兄弟と言えば済む話よ。キャンプに来ていて、親とはぐれたと言えばいいの」

「俺、キャンプなんか行ったことないけど」

「この近辺には有名なキャンプ場があるのよ。だからその話でも適当にしておけばいいわよ」

「そんなんで大丈夫なのか?」

「あのね、初めから人を騙すと決まっているのだから、騙すことに集中しなさい。大丈夫か不安に思うことは、選択肢がある時に持つものなのよ」

頭のよさそうな発言に、一真はそれを信じるしかない、と思った。確かにこれから先、自分たちが助かるためには人を騙さねばならない。騙すことに集中した方が効率がいい。でも、騙すと分かっていた騙すとなると、気が咎めてしまうのも事実だ。

「車なんて、そう簡単に止まってはくれないわよ。ホラ」

事実、3人の横をプリウスが抜けて行った。老夫婦が乗っていたように思うが、その夫婦は若い男女と子どもが山道を歩いていても、気にしない人間なのだろう。そういう大人になりたくないな、と一真は思って、歩き続けるしかなかった。


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