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第4幕:一真は親友の夢を見る

千寿一真せんじゅかずまは、10歳の誕生日に異能力者としての才能に目覚めた。彼の出身は東北の山奥、そもそもが霊媒師の家系で、祖母が有名な霊媒師である。長年、祖母のもとにはさまざまな依頼が来て、高い金を払って祖母を頼る者が多い。祖母は金銭に執着はなかったが、周囲の者は違って、どうやって多くをとれるか、どうやって金目のものが手に入るようになるか、ばかりを考えていた。

一真が気づいた頃には、祖母の自宅はそうでもないのに、仕事場と称される場所は金色の装飾に、菩薩や龍神、大仏、神棚などさまざまなものが山のように置かれていた。馬鹿でも分かるだろうに、と思うほどに雑多に置かれ、やってきた客と支払いの金額によって信仰するモノが変わる。罰当たり、とはこのことを言うのだろうな、と幼い一真でも分かっていた。特に祖母の娘である一真の母は、母親には霊媒師の高い能力があるにも関わらず、自分にはないことを他者に言えなかった。だから、嘘をついて霊媒師の真似事までしていたほどである。そんな汚い人間を見てきたから、一真は今の自分の現状を見て、多くを悲観しなかった。


「名月、大丈夫か?」

「うん」

「行こうぜ。あーっても、どこ行くかな」

「あっち、真っすぐ進むと、駅がある」

「そうなの?」

「うん、でもとっても遠いよ」

「いいよ、それで。遠くても真っすぐなら分かりやすいだろ」

「そうだね」

一真は、この名月は祖母によく似ている、と思った。雰囲気や話し方と言ったところが似ている。話す時の間の取り方や、人に接する時の雰囲気が特段似ているのだ。だから初めからこの子のことは気に入っていたし、気にしていたし、好きだった。同年代の女性がいなかったこともあり、一真の関心はすぐに名月に向かったのだ。

「幸一郎は」

「ん、気にしなくていい。幸一郎が気にするなって」

「幸一郎は、ちゃんとかえれたのかな」

どこへ、という問いかけをせずとも、一真はそれが【祖母の言っていたこと】と同じだと思った。彼女は祖母と似たような能力があって、いやそれ以上かもしれない。

「名月さ」

「うん」

「これから、俺と暮らさね?」

「うん」

「えーっと、分かってる?今までと違うんだぞ?」

「分かってるよ」

「そっか」

もうここに【子供達】はいないのだ。異能力を持っている存在はおらず、自分たちだけの生活。きっと人混みに紛れ、隠れて生き続けねばならないかもしれない。しかし自分のしてきたことを考えれば、当たり前だと一真は思った。


名月には帰るべき故郷はないと言う。宮城の山奥、龍神を祀った巫女の家系だと聞いてはいたが、名月自身は巫女のようなことはしていない。むしろ、母親が偶然東京からやってきた青年と恋に落ち、駆け落ち同然で故郷を捨てた末に産まれた娘だ。母親は名月を産んで巫女としての力を失い、発狂したという。

異能力と共に生まれた者は、それを失った時にひどい喪失感に襲われる。そもそも持っていない者は、手に入ることのない能力に羨望し、持っている者が失えば気が狂う。欲しくないと願う者のところに、異能は現れて、人生を狂わせていくというのに。

「一真」

「なに?」

「一真の故郷に行こう」

「いいけど、何もないよ」

「知ってる」

「そっか。分かった」

「一真、今でも夢を見るんでしょう?」

彼女の目が、一瞬だけ爬虫類のギョロリとした目だったような気がする。しかしそれは本当に一瞬だけのこと。すぐにいつもの名月に戻っていた。

「夢?」

「そう、夢」

「ああ、見るよ、焼け野原」

「ううん、そっちじゃなくて」

そっちじゃなくて、ということは彼女は他の夢を知っている。名月は他者の夢を見れるという。夢渡りというらしいが、祖母は予知夢だとか正夢と言っていたはずだ。

「大事な夢」

「大事な……」

一真は異能力者だが、夢を見る才能はあまりなかった。稀に見る夢と言えば、焼け野原か親友の夢だ。親友は茶色の髪に青みがかった目をしていて、無口で、ちょっと生意気なのである。その夢は、見ると穏やかになれて、楽しくなれた。幸せだな、と見た後に思えるような、あたたかい夢なのだ。

「親友の、夢を見るよ」

「親友なのね」

「そうだよ」

「そっか、よかったね」

「……もう、夢でしか会えないけれど」

過去のことをあまり話したがらない一真が、東北を出て連れて来られた先がここだった。【子供達】が集まっている場所には、当時すでに数人の異能力者が集められていたが、数は多くなかったのを覚えている。自分が来た直後に、村雨幸一郎という少年がやってきた。顔立ちは美しく、髪は茶、瞳が青みがかっており、異国を思わせる雰囲気。肌も白かったので、余計に日本人ではないと感じられることが多かった。

当時の一真にとって、東北での過去は話したくない過去であり、それに関して名月も幸一郎も無口だったので助かった。聞きたがる人間はよくいるし、人の不幸を楽しむ輩も多い。しかし2人はそんなことはなく、それを察してか他の者も同じだった。幸一郎は特に無口で、一真でなくとも他の誰かが話しかけても、返事すらしないことが多い。

1年経ち、2年経ち、と確実に時間が過ぎていき、やっと返事をするようになり、やっと稀に口を開くようになる。幸一郎はそういう存在だった。だから一真は幸一郎を引き連れて過ごすことが自然に増えたし、そういう一真の強引さが幸一郎を助ける手段にもなっていたように思う。幸一郎は、稀に嫌そうな顔をすることはあっても、はっきりと嫌だということもなく、一真の後ろをついて歩くことが多かった。

「親友だって思っていたのは俺だけかもしれない」

「……幸一郎がそう言ったの?」

問われて、一真は気づく。幸一郎は何も言わなかった。【何も】言わなかったのである。いいも悪いも言わない、中途半端な奴と思っていたが、【何も】言わないのは彼にとって【肯定】だったとしたら。

「俺の親友は幸一郎だ」

「そうね」

「でも、俺のせいで」

「それは、違う」

「でも」

「幸一郎は、自分で選んだ。もう籠の鳥をやめて、自分で巣立ったのよ。それはあなたのため」

名月の真っすぐな目が、幸一郎に重なる。美しい目だった、と思い出す。あの青みがかった目は、とても美しくて、あの瞳を愛してしまう人は多くいたのではないか、と思った。本当は外の世界に一緒に行きたかったし、これからもっと一緒にいられると思って、走り出したはずだったのに。

「あの青い目、綺麗だったね」

「ああ」

あの目を思い出すたびに、幸一郎のことを思うだろう。幸一郎の真っすぐな目は、一真に嘘をつかせず、常に真っすぐにさせた。だからこそ一真が気に入ったのかもしれない。

「龍みたいな目だったね」

「え?」

「青くって」

「そうかな」

「うん」

「龍って、爬虫類じゃん……あ、違うのかな」

そんなことを考えたことはなかった。そもそも龍は架空の生き物だし、本物を見たことがある人間など、居るはずがなかった。自分の祖母の家の、祈祷だかお祓いだかをする部屋にも、金色で水晶を握った龍の置物があったり、天へ昇る龍の絵が飾ってあったりしただけだ。

「名月」

「なに」

「お前さ、龍って見たことあるの」

「龍神様ならあるよ」

「本当?」

「夢に出てきた」

夢か。夢なら自分だって見たし、見てきた。屋敷のテレビの中で、願いを叶えてくれる龍が出てきたり、その背中に乗ったりする子どもが出てくるアニメも見たものだ。あんな風に願いを叶えてくれるなら、試練を乗り越える価値もあるものだ、と思う。

「どんな夢?」

「さあ」

「忘れたの?」

「忘れたのかな。思い出せなくなった」

「そっか」


思い出せなくなる。

祖母がポツリと、あの私欲に塗れた部屋の中央で嘆いていたのを、一真は少しだけ思い出した。


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