景吾は自分の体の機能が停止へ向かうのを感じ取りながら、今までのことを思い出す。よく思い出されるのは、近年のことだ。特に【子供達】と過ごした日々は忘れがたい。彼が【子供達】を集めたのには、大きな理由がある。自分のようにさせたくなかった、という思いもあれば、もっと研究をしたかったという思いもある。それ以上に【子供達】が恐かったからかもしれなかった。
世間的には超能力と呼ばれる力は、どこから生まれるのか―――その始まりを知りたいという、知的好奇心。その中には、自分自身のことも含まれていた。どうして自分はこう生まれたのか。他にそんな人間はいないのか。心の中に時折浮かぶ、どす黒いものはなんなのか。【子供達】をもっとも苦しめたのは、そのどす黒い感情だ。言い換えれば、破壊衝動であったり、殺人衝動であったり、見えないモノと対話する恐怖であったり、さまざま。景吾自身はそれが異常なまでの、知的好奇心と言えた。
他者の尊厳など気にしない。倫理や道徳など、口先だけのもの。それを考えると、自分の出生もそうであったように思う。若い女中であった母を強姦し、産まれた自分。兄を惨殺して、座敷牢に幽閉された自分。
「じゃあ、結末って……最初か、ら分かっていたんじゃ、ないのかな?」
遺伝子操作のできる自分は死ぬことはない、と思っていた。死ぬという未来が見えなかったのだ。だからこそクローンも作ってみたし、【子供達】の支配も考えた。途中までは上手くいっていたはずなのに、人間は【数】を増すと面倒なことになる。個体数、年齢、時間、さまざまな【数】が増すと、人間は自我を持った。あの幸一郎でさえ、自我を持ち、最後には牙をむいてきたのだから。
「……研究は成功して、何が、し、しっぱ……い、だたん、だろ……ね」
流れていく自分の血を見ながら、その血の中に母を強姦した男の遺伝子を見た。普通の日本人、普通の男性の遺伝子。何も特別なものはなく、異常もなく、ただただそこに存在しているだけ。あの男は戦争で死んだが、遺伝子はここに残っている。それが子孫というもので、それが血族というものだ。
景吾は、正直に嫌だな、と嫌悪を示す。産まれはどうあれ、あの男の血を受け継ぐ自分がいること。産まれていいことがあったのだろうか、と動かない首を傾げたくなる。特別いい世界へ放たれたわけでもなく、生きながらえて125年。通常では有り得ない年数を生き続けて、得た結果がこんなもの。少しだけ口元を緩ませ、景吾は目を閉じた。
記憶の中、遠い記憶の中で、歌声が聞こえる。子どもが唄うそれは何の歌なのか、知らなかった。座敷牢の小さな窓は、空気口の役割だけであり、誰かと交流するためのものではない。しかし外で遊んでいるのか何なのか、楽しそうな声や歌が聞こえてくる。
「とおりゃんせ、とおりゃんせ……」
歌を教えてもらえなかった景吾は、ただ聞いて覚えた。その意味も分からず、口ずさむ。子どもの歌声の合間には、楽しそうな笑い声が響いていた。
―――なっちゃーん、まってよーぅ。
―――あははは!
―――なっちゃーん。
なっちゃんってどんな子だろうな、と幼い景吾は思ったものだ。その記憶が蘇ってきた瞬間、理解する。自分の中に流れる血液が沸騰してしまうかのような、それほどの衝撃が景吾を襲った。
「な、つき?」
あのなっちゃんは、まさか。―――自分の知る、
「ま、まだ、しね、な……」
まだ死ねない。その謎を解き明かし、自分の知りたいことを知らなければ、死ねるはずがない。景吾の目には、また火が灯り、失われかけた体がもがき出す。あの娘の正体を暴きたい。アレは本当に龍神なのか。それとももっと別の存在なのか。遺伝子は普通だったはず。しかしそれは最後に見た時のこと。もしかしたら今は、明日は、未来は―――違うかもしれない。その知的好奇心が景吾を突き動かす。死にかけていた体をなんとか動かし、這いつくばって、近くの雑草でも虫でも手当たり次第に手を伸ばす。他の生物の遺伝子を取り込んで、自分の【質量】をとにかく増やし、傷を癒そうとした。
「し、しね、しねな、なつき、の」
後少しで手に入る、という時に、景吾は後ろから銃で撃たれた。誰に撃たれたのか、背中越しで見えない。しかしまだ生きることを諦めきれない彼は、手を伸ばす。何発も銃弾が撃ち込まれ、最後は脳髄を吹き飛ばされた。
こうして、村雨景吾は生命活動を停止した。
遺伝子操作を行える異能力を持ちながら、125年という長き日を生きてきた彼。彼が追い求めたものはなんだったのか、誰も理解できない世界を彼は見続けてきたに違いない。