目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
龍神さまの言うとおり
龍神さまの言うとおり
竜樹あさみ
現代ファンタジー異能バトル
2025年02月01日
公開日
4.9万字
連載中
異能を持って生まれた【子供達】はある男によって山奥に集められていた。多重人格者、植物を操る者、未来予知、形や能力はさまざまだが、異能を持つ【子供達】は確実に存在している。その中で夢によって未来予知をする娘がいた。彼女は龍神の巫女の家系であり、龍神の生まれ変わりと言われている。それは嘘か本当か?誰にも分からない現実の狭間で、彼女は未来を予知していく――― 物語は、異能を持つ【子供達】を中心に回っていく。整っていたはずの【子供達】の終焉が訪れた時、そこに残ったモノは何なのか?【異能バトル×ホラー】あなたは最後まで【人間】でいられますか?

第1幕:村雨景吾、125歳

彼が産まれた村は、まだまだ因習の残る気難しくて、人の裏がある村だった。

元々医者を出す名家と呼ばれ、父も祖父も、兄弟からも医者を出していた彼の家は、村からすればまさに【神様】のような家である。何かあればあの家に頼ればいい、流行り病もここまでは来ない、と根拠のない浮ついた話が、村中に回っていた。

そんな中で、彼は生まれた。代々続く家をさらに大きくした父と、女中の子。四十を越えた恰幅のいい親父が、奉公に来たばかりの十五の子を半ば無理矢理襲って産ませた子だった。それでも、自分の血を継いで医者にでもなるならば、と父は母と息子を離れに住まわせる。女中仲間からは、たかが子どもの1人を産んだだけで、と言われ続ける母。この時代、女が子を産むのは当たり前で、産めない女の方が少ないほどである。主に種をもらえば、誰でも離れで暮らせるものだと思い、自ら股を開く女中まで出てきて、家は相当荒れた。


それに気を悪くしたのは、正妻である。医者の家に嫁いではみたが、何かと忙しい家の中。薬品や薬の臭いをさせた男の子を何人か産んだか、大して頭もよさそうには見えない。我が子ながらに意気消沈してしまうような子ばかりだった。

しかしそれでも、正妻として嫁いできた自分が産んだ子だ。この家を継ぐのは自分の子と決まっている、と正妻は当たり前のことを思う。だが、ある時若い女中を夫が襲い、瞬く間に子どもが産まれた。その子どもは憎らしいくらいに、いい顔立ちをして、賢そうな眼玉を持っている。


我が子だからと夫は、女中と息子を離れに住まわせた。十五の娘が、初めて男を知ってできた子と一緒に、離れで暮らせるなど、許せない。それを見て、他の女中が自ら股を開くようになったのも許せない。正妻は、股を開いた女中を一晩中水に浸け、それが嫌なら二度と股を開かないように言い聞かせた。これで少しは落ち着くのかと思えば、そうでもない。離れの女中は、夫に襲われて出産したことに心を病んだ。たかが子どもの1人、と誰もが言うが、まだ少女であった娘にとっては、そういうことではなかったのだ。


小さな腕に赤子を抱いて、一晩中泣き続ける赤子に乳をやり、世話をする。話をする相手もおらず、赤子は火が付いたように泣き続け、娘は狂った。離れで首を吊って死んだのだ。赤子はまだ乳を欲している時期なのに、無責任な母親だ、と正妻は思う。しかしこうでもしなければこの世界から逃げることなどできなかったのかもしれなった。


こうして残された息子は、正妻の手で育てられる。しかし育てると言っても、可愛いのは我が子の方で、やはり手を抜いてしまうのが親心というもの。我が子が泣けば、そちらが愛しいと思う。成長していく子は、次第に女中とよく似た顔立ちで、この家の中では異様なくらいに整った顔立ちになってきた。幼さを残してはいるが、この顔は違う。あの夫の子なのに、何かが違っていた。だから余計に苛々して、きつく当たる。我が子よりも綺麗な顔立ちに、何度も平手打ちを与えた。


その子の名は、吾郎ごろう

五番目に産まれたから、単純にそんな名前になった。吾郎は、腹違いの兄たちに打たれても、誰から打たれても、何も言わない。この子が初めて言葉を発したのは、10歳になったあたりだ。吾郎が気に入っていた本を、兄が破り捨てた時、初めて吾郎は泣き声を上げたが、同時に兄の体は張り裂けた。部屋中に肉片が飛び散って、血の臭いが充満し、飛んでやってきた正妻はひっくり返って失禁した。

こんな場所、見たことがない。人の体が頭から腹ぐらいまで、すべて飛び散っている。背骨が腰のあたりまでしかなくて、残った下半身の着物で、息子だと分かるだけ。飛んだ目玉が柱にくっついて、じゅるりと音を立てて畳に落ちる。悲鳴と何が起きたのか問いただす声。でもそこには、破られた本を握る吾郎しかいない。


父は吾郎を座敷牢に入れた。

昔から、医者の家系のこの家は、ちょっとでも悪さをすれば座敷牢に入れられる。ここなら監視の目が届く上に、逃げ出すことはほぼ無理だ。最後に使ったのは、死んだ祖父が痴呆になった時である。女中を追い回して襲うような痴呆だったから、とにかくこの座敷牢に入れて、食事の量を減らし、最期は餓死に近かった。それからもう何年も経っているが、あの祖父の臭さが残っているような部屋だ。それでも父は吾郎をそこへ投げ込んだ。


村雨吾郎、のちの村雨景吾むらさめけいごの初めての殺人である。


吾郎はそれから戦争が終わるまで、座敷牢を出ることはなかった。太平洋戦争の開戦、兄たちや親戚の男衆には赤紙が来る。しかし吾郎には来なかった。吾郎はもともと戸籍などない、存在しない子どもだったから。吾郎は座敷牢の中にいたおかげで、戦地に行くことはなく、また空襲で死ぬこともなかった。戦地に生きたがらなかった兄弟の誰かが、吾郎を身代わりにしようと言ったが、母はそれを強く拒絶した。吾郎が長男を殺したあの時のあれを思い出すと、今でも吐き気がする。あの顔など二度と見たくはないし、あの顔を見るくらいなら、お国のために息子を差し出す方がよほど意味があることのように思えた。


ある日、大きな音と建物が崩れる音がして、吾郎は外へ出ることになる。それは、悪魔の解放。一面が焼け野原になっているの見た吾郎は、何も言わずに反対へ歩いた。人間が焼ける臭い、崩れた建物、逃げ惑う人。その中を吾郎は歩き続ける。

「爆弾、まだ落ちるんかなぁ」

呑気にそんなことを言いながら、吾郎は歩き続ける。人里離れた場所まで来て、燃え盛る炎を眺めた。彼にとって、そこはもう故郷でもなんでもない。自分を閉じ込めてくれていたことは、むしろ幸運だった。

「川、龍神様おるんかなぁ」

小高い場所から見えた川には、たくさんの死体が浮いている。それでも神様はいるのだろうか。いる、ということで昔話はあったはず。でもこんなに死体が浮いていたならば、話は違うかもしれない。それでも、彼にとってあれだけの死体の山は、今度はいつ見ることになるのだろう、と思わせる程度のことだった。


それから十数年経ち、吾郎は名前を景吾と改めて成人していた。成人していた、というのは戸籍がないこと、実際に自分の年齢を彼が知らなかったことが理由である。戦争は、日本が負けるという形で終結した。つまらん理由で戦ったものだ、と景吾は思いながら、父の金を使って生活していく。不思議なことに、家族すべてが死んでしまって、父の隠していた金が景吾の元に入ったのだ。多少周囲を騙したりなどはしたが、死人が多すぎて、誰の金なのか誰にも分からなくなっていた頃である。割といいスーツを着込み、かつて座敷牢にいたとは思えないような顔つきで、堂々と街を歩いた。


その頃になって、景吾は自分の特異な性質に気づく。性質と言っても、能力である。それはあまり目には見えないモノで、でも景吾の目には見えるし、感じられるもの。それを使えば、不思議なことに自分のあらゆる部位を変化させたりすることができた。後から知ることになるが、この時景吾が操っていたモノは―――遺伝子。生物にとって、必要不可欠なものであり、これがなければ生物は生きることも、子孫を残すこともできなくなる。景吾がそれに気づくのは、父親と同じ四十を過ぎて鏡を見た時。


そこにいたのは、四十を過ぎた親父ではなく、若き日の景吾だった。

肌の色も、皺も、何も変わらない。年を取っていない自分を見て、景吾は気づく。


遺伝子は、操れる、と。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?