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第5話

「そういえば、こんなのんべんだらりな生活をしていて、よくお金が尽きませんね」

 昨日の夜の残りのカレーを朝食として食べながら、まだ後頭部に寝癖を残している霜手が言った。現在進行形で穀潰しをしながら言うことか、と思いつつ、僕はベランダから返す。

「たまたま貯金だけはしてたんだよ」

「でも、入院だってしてたのに」

 らしくもなくわざとらしいとぼけ方だ。

 僕は煙草の火を消し、ベランダからリビングに繋がる窓を開ける。

「なあ、本当は全部知ってるんだろ?」

 と僕が意地悪く訊くと、

「へへ」

 と霜手はあっけなく観念した。

「小説を書いてたんだ。まあ、それなりに売れた本もあって、その恩恵で余生をすごしてる。遺産を残す相手もいないしな」

「はい、そうですね」

「自分から訊いておいてその反応はないな」

「あ〜あ、天使に貨幣制度があれば、省吾さんの遺産を私が独り占めできたのに」

「まだ譲るとも言ってないのに落胆するな」

 小説家、であったことを他人に言うのは初めてだった。もう何も書けなくなってから五年が経つ。ただの過去の経歴にすぎない。

「じゃあ、今度は海外旅行でもしますか。遺産を残して死んじゃったら後悔するかもしれませんから」

「却下だ」

「ご無体な!」

 最近、霜手はこういう言動を取る。

 まるで僕に後悔を残してほしくないかのような、そんな言葉を聞く度に、ほんの少しだけ、胸が寂しくなるようになった。

 僕がいなくなったあと、彼女はどこの誰と一緒にこんな日々をすごすのだろう。そんなことを考えるようになった。

 わかっている。

 これが天使のやり口なのだろう。

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