緩い笑顔の青衣に見守られ、唄子と沼井が体ごと向き合った。お互いに気まずそうではあるものの、示し合わせたかのように同時に頭を下げる。
「あの……長々と疑ってごめんなさい、唄子さん」
「あ、ううん。あたしも、なんか、ちゃんと事情言えなくて、ごめんなさい。『ボイアク』のこと、絶対バカにされると思って……」
彼女の羞恥心のお陰で十年間も要らぬ考察を続けていた沼井からすれば、もうちょっと唄子をなじりそうなものだが。
彼も新居園家に不法侵入した自覚はあるらしく、そのことは槍玉に上げなかった。代わりに目をわずかに大きくして、身を乗り出す。
「そのゲーム、そんなに……酷いの?」
『うん、酷い』
唄子と、そして青衣が似たり寄ったりの渋い顔で即答した。思いがけずハモった二人が苦笑し合い、沼井もつられるように笑う。
「そこまで言われると、逆にやりたくなりました」
「ほんと? それじゃあお墓にお供えしてあげようか?」
「それは絶対にやめてください」
ちょうどブツもあるし、と青衣は続けようとしたが間髪入れずに遮られた。若干残念そうに、彼女はしょぼくれる。
「でも遊べないことはないし、バカゲーと見れば楽しめなくもないよ?」
何故か擁護に回る青衣に、千聡は哀れみの視線を注ぐ。
「お嬢さん、布教に余念のない厄介なファンのようになっておりますよ。さては割と気に入っていらっしゃいますね?」
「気に入ってたまるか! 唄子ちゃんたちが作ったホラーゲームの方が、何十倍も面白かったし!」
青衣が吠えると、唄子の目が輝きを増した。
「え、ほんと? 今までちゃんと遊んでくれた人、いなかったんだけど……」
彼女によると沼井の妹が以前『ボイアク』を起動したらしいのだが、新居園家が映った途端、悲鳴を上げて電源を切ってしまったらしい。
「あー、うん……わたしも電源切れるなら、切ってたかなぁ。ちなみにアレって、どうやって作ってるの?」
コードを抜いてもお手上げだった青衣は乾いた笑みを浮かべた。彼女の問いに、唄子が小難しい顔で腕を組む。
「ちょっと説明しづらいけど……なんかこう、こねた粘土を窓際に並べる感じ?」
「粘土? 窓?」
青衣がキョトンとオウム返しをした。
制作者である唄子自身にも、詳しい原理は分からないらしい。
ただ沼井が死んで『ボイアク』が家の外に持ち出されて以降、『ボイアク』越しに家の外が見られることに気付いたのだという。ゲームが起動されていると、新居園家のテレビに外界の映像が映るそうだ。そのテレビに唄子や沼井の記憶を混ぜ込むことで、ゲームを制作したらしい。
唄子にとっては甚だ不本意な事実だが、『ボイアク』は彼女が死の直前まで意識を向けていたブツのため、このような副次効果がもたらされたと思われる。
唄子は畳敷きの居間へと青衣たちを招き入れ、古ぼけたテレビを指さしてゲームの裏話を伝えた。
「――あとは、飽きないように沼井さんをモデルにした敵も用意して、操作しやすいように色々考えてって頑張ったかなぁ」
唄子自身も原理はよく分からないので、語尾は頼りなさげだ。そして傍らの沼井は、更に情けない顔である。
「僕はもう少し、強めの敵にしてほしかったですけど」
「駄目。それだとゲームバランス壊れるじゃん」
が、すげなく拒否された。どうやら唄子は生前、かなりゲームをやり込んでいたらしい。惜しい逸材を亡くしたものだ。
幸いにして彼女の懇切丁寧な配慮も手伝い、青衣もゲームを核心部分まで進めることが出来た。なので唄子へ笑いかける。
「色々考えてくれたから、テンポもよかったし遊びやすかったよ。沼井さんもちょうどいい弱さで」
「ちょうどいい……」
ユーザー様からの
「そうだったんだ……よかった」
しかし制作者の唄子は満足げに、頬を緩めてはにかんだ。おかげで青衣の舌も滑らかになる。
「あ、あと導線も分かりやすくて、たまに出て来る黒い影の演出も……わたしはちょっと怖かったけど、ホラー好きにはたまらないと思う」
「……え?」
彼女の絶賛に、唄子と沼井が固まった。強張る二人の表情に、青衣もついたじろいだ。
「うん? どうしたの?」
「そんな演出……あたし、入れてない……」
かすれた声で、唄子が言った。セーラー服を着た体は、かすかに震えている。
「あの、その黒い影ですが……ひょっとして、男の人っぽかったですか?」
喘ぎ喘ぎ、沼井が青衣と千聡に尋ねる。怯えた目は、二人に縋りつくようだった。
青衣はほぼ無意識に、千聡の腕にくっついた。千聡も彼女のさせたいようにして、沼井へ頷き返す。
「真っ黒でしたので、断言は難しいのですが。体格から察するに恐らく男性かと」
幽霊二人の喉の奥から、ヒュゥッとか細い吐息または悲鳴が漏れ出た。
「そんな、あ、あいつ、まだ、いるんだ……」
「やっぱり……あの人のせいで……僕たち、成仏できなかったんだ……」
二人が歯をガチガチと鳴らしながら、盛大に震えだす。死んだ人間が動いているという時点で色々あり得ないのだが、それにしても急転直下の奇行である。ビビりまくる二人が怖く、青衣はほぼほぼ千聡の胴に抱き着いていた。
「あ、あいつというのは……なんかこう、貞子的な?」
青衣は二人と似たり寄ったりの震え方で尋ねながら、心の中で
(頼む、貞子だけはやめて! あと
と必死に念じた。この辺は勝ち目なしである。
そしてその願いは、幸いにして叶えられたらしい。唄子は自分の体をギュッと抱きしめながら、それでも精一杯頭を振る。
「ううん、あたしの父、なの……でも、最近やっと、見なくなってたから成仏したのかと……」
しかし、迷惑度で言えば貞子たちと大差なさそうであった。
この仮説に賛同するかのように、部屋中に男の大声が轟いた。