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13:王家の隠し子とか、そういう設定のイケメン

 闇の住人の代表格であろう幽霊が、一家無理心中事件の闇を暴こうとしている――闇の飽和状態だ。死に際のゲーテではないが、もうちょっと明るさが欲しい。

 しかしラブラブ夫婦の下で育った青衣からすれば、家庭内ストーカーを行っていた父親による無理心中という時点で闇しかない。どうしたものか、と毛先を指に絡めて悩む。千聡も腕を組み、疑わし気に目を細めていた。


「だから! そんなもんないって!」

 代わりに唄子が声を荒げる。両手をきつく握りしめて、正座する沼井をにらんでいた。これに沼井もムッとする。

「いいえ、あります! あなたの行動は非常に怪しい!」

「考えすぎなんだよミステリーオタク!」

「そう言うあなたはゲームオタクじゃないですか!」

「はぁぁぁっ!? ゲームだけじゃないですー! アニメも好きですぅー!」

「だったら僕だって、SFも好きですもーん!」

 ギャーギャーと、廃墟に似つかわしくない低次元な口論が繰り広げられた。そもそも幽霊に喧嘩などという、体力や活力を要する行為はしてほしくない。


 なんとも庶民的な諍いをする死者二人に、青衣は更に人差し指へ髪を巻き巻きした。

「なんか……どっちもあんまり、幽霊っぽくないね。ビジュアルは一応、内臓出たりしてるけど」

「そうですね。どちらからも悪霊特有の、恨みつらみによる悪臭は感じません」

 千聡も高い鼻をスンスン動かし、青衣の言葉に同意した。

「ただ、代わりに双方いずれも大変お困りのご様子です」

「困ってる? 死んじゃったこと以外にも、お悩みがあるの?」

 青衣の言葉は後半、罵り合う幽霊コンビに向けられた。ピタリ、と二人の罵倒合戦が止まる。お互いに相手を牽制するようににらみつつ、青衣に向かって頷いた。


「……たしかに、僕ら困ってます」

「どっちも成仏したいのに、家から出られなくて……」

「僕はここを調べている途中で死んだので、ひょっとしたら……事件の真相が分かったら、成仏のヒントも分かるのかなと思ってまして」

「あたしも、この人が成仏できたら……まあ、ちょっと何か変わるかもって」

 どうやら、これがゲームに呪いをかけた理由のようだ。ゲームの所有者は、察するに沼井であろうか。木野も呪いの『ボイアク』を青衣へ押しつける際に、「知り合いの息子の遺品」と説明してくれていたはずだ。


 自称・可愛くて賢い忠犬こと千聡が、顎に手を添えて大きく頷いた。

「かしこまりました。私たちも家に戻りたいですし、改めて事件について洗い出してみましょう。まずはお二人の手持ちのご情報を、教えていただけますか?」

 彼の提案に、青衣も神妙な顔で同意する。

「だね。それにわたしたちに話してくれたら、何か気付けるかも。ほら、岡目八目って言うし」

「なんと。お嬢さんがそのような四字熟語をご存知とは……」

 青衣はわざとらしく感動する千聡に、無言の腹パンチを食らわせた。ノー躊躇での一打に、幽霊コンビがちょっと後ずさる。


 再度視線で牽制し合った末、最初に口を開いたのは唄子だった。

「改めてですが、ここの長女の新居園 唄子です……父親に刺されて死んじゃいました。夜、寝ようとしてる時に急にブスッて包丁で、お腹を……いや、ザクーッだったかも?」

 唄子は擬音にこだわりながら、まろび出ている大腸を指さす。

「Oh!」

 つられて視線が下がりかけた青衣は、慌てて自分の目を塞いだ。まるで彼女のパンチラを目撃したかのようなリアクションだが、実際に目撃したのは腸チラである。


 大腸ごときでは動じぬ千聡は、静かに尋ねる。

「ちなみに、お父さんが無理心中を選ばれた原因に心当たりはございますか?」

「その日の朝、お母さんが離婚切り出したから……それだなと思ってます。お母さん、それまでずっと我慢して急に爆発したから、あいつも寝耳に水だったと思うし」

 “あいつ”という言葉には、深い憎しみと嫌悪がこもっていた。

「……なるほど。ありがとうございます」

 千聡は唄子へ一つ頭を下げ、次いで沼井を見た。彼も姿勢よく口を開く。


「僕は、妹が唄子さんのクラスメイトだったんですが、妹からこの事件が変だと聞いて独自に調べていました」

「変、ですか」

「はい。だって夜中にあった無理心中なのに、唄子さんだけセーラー服姿で死んでたんですよ? 絶対に何か、隠された真実があります!」

「ほんとだ。たしかにセーラー服だね。古風でいいね」

 中・高とブレザーの制服だった青衣が、どこか羨ましそうに黒っぽいセーラー服を見つめる。そしてポンと両手を打った。


「あ、あれじゃない? 夜中にこっそり、隠れてデートに行こうとしてたとか!」

 青春の気配を察したのか、ずっと悪かった顔色に赤みが戻っている。主人の野次馬根性を眺める千聡は、生ぬるい笑顔である。

「あ、えっと……」

 しかしアオハル仮説に対し、当の唄子の表情は浮かない。露骨に視線をさまよわせ、しきりに体のあちこちを触るなど挙動不審になっている。


 沼井が、そんな彼女をちらりと観た。

「僕もそれ、最初に思ったんですけど……唄子さんはいわゆるオタクだったらしく、三次元の男に興味はなかったみたいです。妹によると、二次元に住んでる銀髪にロン毛で、眼帯をしたクールなイケメンがタイプらしいですし」

 淡々とした彼の反論に、唄子はめり込まん勢いでうなだれた。

「もっとオブラート使おうよ、沼井君! 誰に恋するかは自由なんだよ!」

「そうですとも。それに眼帯に憧れを抱くのは、誰しも一度は通る道ですから」

 自分にも身に覚えのある青衣は声を張り、薄い表情の千聡もそっと言い添える。

「あ、はい……すみません……」

 彼に腕を捻られた記憶も生々しいので、沼井も反射的に縮こまってペコペコと謝った。


 中二病を鼻で笑っていそうな千聡だが、戦国武将の伊達 政宗公に憧れている節があるのだ。

 目上のお偉いさんを大激怒させた挙句、死に装束で詫びに行くというギリギリラインのおふざけをする辺りが好きらしい。

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