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12:ナンパ野郎を仕留めて来た得意技

 千聡に呼びかけられた新居園 唄子は、眼鏡の奥の目を細める。警戒心みなぎる顔だ。

「……あたし、ゲームの中でフルネーム言ってたっけ?」

「いいえ。一貫して下のお名前のみの表記でした。先ほど個人的に当時のネット記事を調べ、新居園家の長女とあなたが同名だと気付いた次第です」

「うわ、目ざとっ。キモっ」

 唄子は低くうなり、続けて吐き捨てるように言った。


「別に、隠してたわけじゃないから。被害者の幽霊が助手って分かったら、そっちのお姉さんが卒倒するって思っただけだし」

 彼女の言い分に、千聡もしみじみと同意する。

「実に賢明な判断です。お嬢さんであれば十中八九、泡を吹いて失禁なさっておりますね」

「失禁はしたことないだろ!」

 己の不名誉には敏感な青衣が、ここで俄然息を吹き返した。まだ膝から下は左右に震えているけれど。


「そうですね、幸いまだ致しておりませんね」

「これからもしないよ! ボケた時はちょっと分かんないけど! その時はごめんね!」

 青衣は護衛の含みがあり過ぎる言葉に、予防線を張りつつ反論した。しかし唄子が怖いので、まだ千聡にビタリと密着したままである。

 その「家政婦は見た」状態のまま、片目だけで唄子を窺う。


「あの、唄子ちゃん……さん、殿……唄子様……」

 どんどんへりくだる成人女性に、生前は中学二年生だった唄子はげんなりした。

「別に呼び捨てでいいから。ってか“様”って……」

「じゃあ、唄子ちゃんで……あの、唄子ちゃんがわたしたちをここに、連れて来たの?」

「違う、あたしじゃない」

 両手でさり気なく大腸を隠しながら、唄子は即座に否定した。


「別にあたしは、あんたたちに来て欲しかったわけじゃない。ゲームであたしたちのことを調べてもらって、あの人にただの無理心中だったんだって、証明してもらえればよかっただけだもん」

「あの人?」

「ゲームにも出て来てたでしょ? あの血まみれの男の――」

 唄子が陰気な声で話している途中、新たにもう一つの足音が聞こえて来た。今度は慌ただしい小走りだ。


「違います、だまされないで下さい! その女の子に気を許してはいけません!」

「ぴぎゃあ!」

 切羽詰まった声で三人が立つ廊下に駆けつけたのは、頭から血を垂れ流す若い男性だった。そのスプラッターぶりに、青衣が叫んで飛び跳ねる。

 だが、彼もゲーム内で見かけていた人物のようだ。妨害者と呼ばれ、主人公たちの調査を阻んでいた悪霊に瓜二つなのだ。


 ボタンダウンシャツにジャケットという、生真面目そうな出で立ちの彼は、駆けつけた勢いのまま青衣に詰め寄って腕を伸ばす。

「お願いします、お姉さん! どうか僕の話をき――イダダダダァーッ!」

 しかし彼女へ触れる前に、千聡にその腕を取られた。そのまま無慈悲に、後ろへと捻り上げられる。ついでに背中も踏まれ、たまらず床に膝をついた。


「お嬢さんに気安く触らないで下さい。汚れてしまいます」

 青衣に近づく男絶対殺すマンの氷点下の眼差しに、妨害者は涙目で怯えた。

「なっ、なんで血まみれの人間の腕っ……無表情に捻れるんですか!」

「人狼ですので」

「じん、ろ……? アーッ! イダッ、イダイ! ギブ! ギブアップですぅぅー!」


(なんだこの状況)

 妨害者のあまりにも情けない悲鳴に、青衣から恐怖心がすっかり消え去っていた。ただ呆然と、彼の腕を捻っている千聡を見上げる。人狼かつ護衛とはいえ、あまりにも幽霊への畏怖の念がなさすぎる。こいつはおクスリでもキメているのだろうか。


(まあ、キメてても驚かないけど。だって千聡だし)

 青衣は静かに納得して、おクスリ疑惑の芽生えた護衛に声をかける。

「ねえ千聡、腕折れちゃうから。幽霊が骨折しても、病院行けないから。離してあげようよ」

「それもそうですね。この方は、どう見ても社保に未加入のご様子ですし」

 そこじゃない論点で納得し、千聡がようやく妨害者を解放する。


 妨害者は先ほどまでミシミシと音を立てていた腕をさすり、床に座り込んだまま呟いた。涙目である。

「初対面の人の腕を捻るなんて、信じられない……こんな辱め、初めてです……」

「私も幽霊の腕を捻ったのは初めてですので、奇遇ですね」

「しかも悪びれもしてない……もうやだ……」

 淡々と返す千聡を見る妨害者の目は、恐怖一色だ。ヤベェ奴に遭遇してしまった、とその涙目が雄弁に語っている。自分の方が悪霊なのに。


「つきましては、何故私どもの大事なお嬢さんに触れようと? 痴漢ですか? ナンパですか? 処されたいのでしょうか?」

「ひぃっ!」

 なので千聡の静かな詰問にも、うずくまったまま飛び跳ねてビビっていた。

(不憫すぎる)

 青衣は千聡の背中に隠れながら、こっそり妨害者に同情した。

 少し距離を取っている唄子は、千聡と妨害者の双方に呆れた目を向けていた。彼女の気持ちは、青衣にも分かる。


「あ、あの、急に触ろうとして、それはごめんなさい。ちょっと勢い余っちゃって……その、そちらのお嬢さんに信じてもらおうと、思ってつい……」

 妨害者がガクガクと震え、回らぬ舌を必死に動かした。

 青衣はこのまま千聡任せでは話が進まないと判断し、ここで彼に助け舟を出すことにした。ひょっこりと、千聡の背中から半身をのぞかせる。

「信じてもらおうっていうのは……さっきの、唄子ちゃんの話に関係が?」

 唄子から事情を聴いている際に、彼が「その子に気を許すな」と乱入して来たことを思い出しつつ尋ねた。


「はい、そうです! その通りです!」

 相変わらず頭から血がしたたっているものの、妨害者は座り直して姿勢を正した。ようやく現れた「聞く耳を持つ者」に、目がキラキラしている。

「僕は沼井ぬまいと申します。先ほどはつい、勢い余ってすみませんでした」

「あ、いえいえ。わたしは鹿路といいます。こっちのDV男ってか駄犬は瓜生うりゅうです。むしろ、うちの駄犬がごめんなさい」


「こんなにも可愛くて賢い忠犬を、駄犬呼びなさるとは失礼ですね」

 自己評価バカ高の千聡が茶々を入れるも、青衣と沼井はさらりと聞き流した。

「それで……沼井君の話って?」

 さん付けすべきか一瞬悩むも、自分と年が変わらないように見えたので君付けを選んだ。幸い、沼井も気にした様子はない。

「はい。この事件に隠された闇について、どうしても伝えたくて」

「え、闇?」

 なんだか不穏というか、こじらせた雰囲気のある単語が飛び出した。青衣は紅茶色の綺麗な目を瞬く。

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