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8:博徒へのお仕置きに用いられていたとか

 千聡によって、オバケがテレビの向こう側から貞子よろしく「来ちゃった☆」する可能性を指摘され、絶叫した青衣だったが。

 呪われゲームがご親切にもユーザビリティを重視してくれているおかげで、進行速度は相変わらず驚くほどスムーズだった。


(うーん。もったいないなぁ……)

 青衣はそれなりにゲームを愛するサブカル民の一人として、呪われゲームにそんな感想を抱いた。つい桜色の唇をすぼめる。

「これ絶対、呪いで生み出していいクオリティじゃない。むしろどこかのゲーム会社とタイアップで出すべきだって」

「その場合ですが、版権はどうなるのでしょう。死者にも諸権利が認められるほど、日本の法律が物分かりのいい類だとは思えませんが」

 人狼というファンタジー少数種族の割に夢のない指摘をする千聡を、青衣は横目で見た。ふん、と鼻も鳴らす。


「分かんない。そういうのは、偉い人が考えればいいんだから」

「おや。これはまた、随分と他力本願でいらっしゃいますね」

「使えるものは、親でも弁護士でも税理士でも社労士でも、なんでも使い倒せばいいの」

 なおこれは (一応)零細企業の社長でもある、父のモットーだったりする。


 ゲーム内では妨害者によって物置に閉じ込められたものの、助手のウタコの的確なアドバイスによって無事に脱出を果たせたところだった。

 脱出アイテムと併せて、意味ありげな書類も二枚見つかっている。


 一枚は古ぼけた新聞の切り抜き記事であり、もう一枚は書きかけの離婚届だった。

 切り抜き記事は血とおぼしき赤茶けた染みで汚れており、詳しい内容までは読み取れない。だが見出しには「一家死亡 無理心中の可能性」という文字が躍っていた。

 そして離婚届には、新居園家の妻と思われる女性の名前が書かれている。配偶者欄は、空白のままだ。


 青衣と千聡は画面に大写しとなっている離婚届を睨み、それぞれ考え込んだ。

「これってつまり、離婚を切り出されたお父さんが……ってことだよね?」

 頬に手を当てた青衣が、暗い表情で千聡を仰ぎ見る。顎に指を添わせて黙考していた彼も、小さく頷いた。

「察するに、そのような判断で間違いないかと。ニュースでも稀に見かける、やるせない事件ですね」

「だよね。家族の人生は家族のものなのに、身勝手過ぎる」

 青衣はプリプリと怒った。このゲームのおかげで部屋に閉じ込められ、ゲームまで強制されているというのに、なんとも人の好い反応である。彼女を見つめる千聡が、ほんのりと目を細めた。


 微笑ましい視線に気づかず、むかっ腹の青衣ははたと固まった。わずかに眉も寄せる。次いで恐々と、うっすら青ざめた顔で千聡を見た。

「あのさ千聡……今更なんだけどさ。このゲームを呪ってる幽霊は、ゲームをクリアして欲しいんだよね?」

「ここまで堪能なさっているというのに、全くもって今更ですね。快適な操作性ということでしたら、幽霊の意図もゲームクリアで問題ないかと」

「ほんっとに今更だけど……実はクリアしたら、逆に呪われて……とか……」

「ああ、なるほど」


 ――クリアさせて呪うのが目的であれば、最初は何の変哲もないゲームに見せかけるだろう。

 ――わざわざユーザーを閉じ込めてまで遊ばせるのだから、素直にクリアした方が幽霊からの温情を勝ち取れる可能性がある、と考えた方が合理的である。

 千聡はすぐにそう推察した。死者とて元は人間であり、その辺は映画で観る以上に合理的・打算的なのだ。


 だが目の前で膝を抱える少女が、遅効性の恐怖でビビりきっている様が大層可愛らしく――悪戯心をくすぐるので。

「どうでしょうね? 私にも分かりかねます」

「ひぎゃあ!」

 わざと、はぐらかすことにした。

 青衣の切れ長の目が、あっという間に涙を湛える。実際のところ、先述の推察はあくまで千聡の考えである。

 幽霊が彼を上回るドSで、クリアしてもしなくても危害を加えて来る可能性も、一応ある――こんな親切なゲームを作る幽霊が、そこまで捻くれているとも思えないが。


「どどどっ、どうしよう! わたし、ホイホイ遊んじゃってまするが!」

 今にも泡を吹いて倒れそうな姿に、千聡は笑いそうになった。今度は頬の内側を噛んで我慢する。

「まあまあ。閉じ込められている今、遊ぶ以外の選択肢がございませんので」

「ぎいいッ! 他人事だと思って! わたしが呪われたら、千聡も一蓮托生だからね!」

「はい。もちろん望むところです」

 虫型怪人めいた悲鳴を上げる青衣に、千聡は気持ちの良い笑顔で即座に応じた。これは丸ごとの本心である。


 甘い容姿から繰り出される甘ったるい微笑みに、青衣の汚い悲鳴も尻すぼみになる。

 ほんのり頬を赤らめ、わずかに尻込みした。

「……いや、なんでそこで嬉しそうなわけ?」

「お嬢さんはお世話のし甲斐がありますから。未だにお側にいて飽きませんし、日々新たな発見もございます。まるで野生動物の如しでいらっしゃいます」

「人を『アニマルプラネット』扱いしないでくれる? 受信料取るよ?」

 怪魚やワニが闊歩かっぽするケーブルテレビを引き合いに出し、青衣がうなった。その形相は、たしかに腹を空かせた肉食動物っぽい。


 ワイルドライフな表情に寄せたわけではないのだろうが、青衣のお腹がグウと鳴った。

「あ……」

 さすがの青衣も腹の虫には羞恥心を覚えるらしく、たちまち赤い顔でお腹を押さえる。千聡も素直に笑った。

「お嬢さんは小難しいことをお考えになると、すぐにお腹が空きますからね。燃費がよくて何よりです」

「うぐぐっ」

 残念ながら事実のため、青衣も歯噛みするしかない。


 千聡が天井を見て、虚空へ声を投げかけた。

「お嬢さんにお食事を摂っていただきたいので、出していただけませんか? もちろん食事を終えましたら、すぐに戻ってゲームを再開いたします。お嬢さんがゴネられた場合には、私が責任をもってお嬢さんを簀巻すまきにしてお連れいたしますので」

「鬼畜ぅ!」

 江戸時代の私刑じみた対処法に、青衣が叫んだ。


 だが、この鬼畜発言が効いたのか。カチャリと小さな金属音が鳴ったと思ったら、ドアが独りでに開いたのだ。また同時に

「えっと……女の子には、あんまり手荒なこと、しない方がいいと思う……」

と、どこからか若い女性の声もした。

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