画面の向こう側から「先生」と呼びかけて来る眼鏡少女に二人が困惑していると、コントローラーのボタンを押していないのに次のメッセージが表示された。
〈依頼人は、ここで起きた一家殺人事件の真相を知りたがっています。見事に真相を見つけて、名探偵の称号をものにしましょうよ〉
「あら、わたしって探偵だったんだ」
「そのようですね。私も初耳です」
先ほどのしわがれた声とは違い、眼鏡少女から悪意は感じられない。二人の表情から警戒心が薄れた。
二人の声が聞こえたのか、眼鏡少女のイラストがメモ帳を手にしたものに変わった。そのまま、一家殺人事件の概要を読み上げてくれる。
〈忘れん坊の先生のために、おさらいしますね。この
彼女が口にした名字に、ビクリと青衣の肩が跳ねた。
「にっ、新居園って……」
青衣は恐々と、自分がしがみつく千聡を見上げた。彼も渋い顔で、青衣を見つめている。
「先ほど合法カルキン氏のエンドロールに映り込んだ表札と、一致いたしますね」
「わぁ。奇遇……だね」
「だといいのですが。十中八九、木野さんにゲームソフトを渡される前から、何かに呼ばれていらっしゃったのかと」
「いーやー!」
残酷な真実に、青衣は絶叫する。
「霊におモテモテだなんて、実に羨ましいですー。いいなあ、お嬢さんいいなあ」
感情のこもっていない棒読み羨望に、青衣は再度雄叫びを上げた。
「やっぱり人狼、大噓つきだろがい! モテるならアラブの石油王か、ハリウッド俳優にモテたかったよ!」
「おや、大きく出られましたね」
「夢はデカくないとつまらないからね、フン!」
青衣はヤケクソ気味に、そう締めくくる。しかし見事な涙目である。そしてゲームの電源が切れないうえ、部屋から出られない事実も変わらない。
大声を出してスッキリしたのか、青衣が一つ深呼吸。そして目尻をそっと拭う。
「……やろう、ゲーム。とっととクリアしてやろう」
「呪いの産物ですが、果たしてゲームクリアという概念があるのでしょうか?」
千聡の当然の疑問に、ラグに座り直した青衣がキリリと反論した。
「そんなの分かんないけど、出来ることなんてゲームしかないんだから。腹くくって楽しんでやるよ」
凛々しい彼女の言葉だけを聞けば、「とりあえずゲームで遊んでおけばOK」という夢のような生活に思えなくもない。
だが実のところ、そのゲームは呪われたブツのうえ、呪われていなくてもクソゲーである。どちらに転んでも地獄だ。
千聡は、開き直ってコントローラーを握りしめる青衣の隣に座り直した。彼女を見つめる目は、思いのほか甘い。
「お嬢さんのそういうところが、好きですよ」
「それ、さっきも聞いた」
素っ気なく返す青衣だったが、横目に彼を見る。ほんのりと頬が赤い。
「……わたしも千聡のこと、割と好きだよ」
「おや。主にどこがお好きですか? やはり顔でしょうか?」
「え、何それ面倒……しかもだいぶ図々しい」
そして彼のバカップルのような返しに、全身を使ってドン引きした。目も、生ごみを見る時のそれである。
顔でないならどこだ、と食い下がる彼を無視して、青衣は呪われゲームを始めた。
眼鏡少女は「ウタコ」という名前らしい。彼女の案内で、荒れ果てた新居園家の内部を調べる。
まずは一階の玄関と廊下、そして台所だ。
「むむっ――」
探偵を操って台所の戸棚を漁っていた青衣が、険しい顔でうなった。ただならぬ様子に、千聡も表情を引き締める。
「どうされました、お嬢さん?」
千聡が見守る中、青衣は両手をかすかに震わせて再度うなった。
「どうしよう、千聡……このゲーム……すごく、遊びやすい!」
「は?」
呆けた声をこぼし、千聡が固まる。呆気に取られる彼に構わず、青衣はまくし立てた。
「まずね、UIがすっごい親切なの! メニュー画面の並びも感覚的で扱いやすいし、ゲームの導線もしっかりしてる! お使いをさせられてる感なく、次に調べる箇所が分かるってすごいんだから!」
「随分と熱弁を振るわれますね……」
今度は千聡がドン引く番である。座ったまま及び腰になっている彼へ、青衣はグイグイと顔を寄せた。
「さっきまで色々残念なもっさりゲーで遊んでたからね! そりゃ感動するさ! これならきっと、クリアできそう!」
輝く笑顔の彼女がゲーム画面を見ると、画面の隅に一瞬だけ黒い影が映ってすぐに消えた。
「たまーにこの謎の影がボッと出てきたり、妨害者っていう血まみれオバケも出て来るけど。これぐらいならまあ、許容範囲かな」
妨害者は若い男性の姿をしており、名前の通り探偵とウタコの調査を邪魔する幽霊だ。さほど厄介ではないものの、廊下へ上がった直後に初遭遇した時は、思わず叫んでしまった。
千聡は物珍しそうに、俄然乗り気の青衣を見る。
「お嬢さんは、ゲームであれば幽霊にも立ち向かえるのですね」
「そうみたい。わたしも知らなかったけど」
なにせ実物の幽霊に会えば腰を抜かす半生だったのだ。わざわざ、ホラーを取り扱ったフィクションまで楽しもうとは思わない。
だがいざ遊んでみると、画面越しのため客観性を保てるのだ。今も鼻歌混じりである。
「たぶん画面から出て来ないって分かってるから、遊べるのかな」
ウキウキの青衣に、千聡はぬるい笑みとなる。
「なるほど――ところでお嬢さん。こちらが呪われたゲームだということは、覚えていらっしゃいますよね?」
「うぐっ」
不細工なうめき声から、すっかり忘れていたことは明白だった。千聡のぬるま湯笑顔が、冷ややかな笑顔に変わる。
「先ほども、正体不明の声が聞こえておりましたよね。こちらの妨害者が、画面から出て来ないという保証も――」
「あーあーあーあー! 聞こえない!」
青衣は両手で耳を覆い、大声も上げて彼の声を遮った。