目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

7:お役所にも参考にしてほしい操作性

 画面の向こう側から「先生」と呼びかけて来る眼鏡少女に二人が困惑していると、コントローラーのボタンを押していないのに次のメッセージが表示された。


〈依頼人は、ここで起きた一家殺人事件の真相を知りたがっています。見事に真相を見つけて、名探偵の称号をものにしましょうよ〉

「あら、わたしって探偵だったんだ」

「そのようですね。私も初耳です」

 先ほどのしわがれた声とは違い、眼鏡少女から悪意は感じられない。二人の表情から警戒心が薄れた。


 二人の声が聞こえたのか、眼鏡少女のイラストがメモ帳を手にしたものに変わった。そのまま、一家殺人事件の概要を読み上げてくれる。

〈忘れん坊の先生のために、おさらいしますね。この新居園にいその家では、十年ほど前に一家殺人事件が起きました。犯人はまだ見つかってないようです〉

 彼女が口にした名字に、ビクリと青衣の肩が跳ねた。


「にっ、新居園って……」

 青衣は恐々と、自分がしがみつく千聡を見上げた。彼も渋い顔で、青衣を見つめている。

「先ほど合法カルキン氏のエンドロールに映り込んだ表札と、一致いたしますね」

「わぁ。奇遇……だね」

「だといいのですが。十中八九、木野さんにゲームソフトを渡される前から、何かに呼ばれていらっしゃったのかと」

「いーやー!」

 残酷な真実に、青衣は絶叫する。


「霊におモテモテだなんて、実に羨ましいですー。いいなあ、お嬢さんいいなあ」

 感情のこもっていない棒読み羨望に、青衣は再度雄叫びを上げた。

「やっぱり人狼、大噓つきだろがい! モテるならアラブの石油王か、ハリウッド俳優にモテたかったよ!」

「おや、大きく出られましたね」

「夢はデカくないとつまらないからね、フン!」

 青衣はヤケクソ気味に、そう締めくくる。しかし見事な涙目である。そしてゲームの電源が切れないうえ、部屋から出られない事実も変わらない。


 大声を出してスッキリしたのか、青衣が一つ深呼吸。そして目尻をそっと拭う。

「……やろう、ゲーム。とっととクリアしてやろう」

「呪いの産物ですが、果たしてゲームクリアという概念があるのでしょうか?」

 千聡の当然の疑問に、ラグに座り直した青衣がキリリと反論した。

「そんなの分かんないけど、出来ることなんてゲームしかないんだから。腹くくって楽しんでやるよ」

 凛々しい彼女の言葉だけを聞けば、「とりあえずゲームで遊んでおけばOK」という夢のような生活に思えなくもない。

 だが実のところ、そのゲームは呪われたブツのうえ、呪われていなくてもクソゲーである。どちらに転んでも地獄だ。


 千聡は、開き直ってコントローラーを握りしめる青衣の隣に座り直した。彼女を見つめる目は、思いのほか甘い。

「お嬢さんのそういうところが、好きですよ」

「それ、さっきも聞いた」

 素っ気なく返す青衣だったが、横目に彼を見る。ほんのりと頬が赤い。

「……わたしも千聡のこと、割と好きだよ」

「おや。主にどこがお好きですか? やはり顔でしょうか?」

「え、何それ面倒……しかもだいぶ図々しい」

 そして彼のバカップルのような返しに、全身を使ってドン引きした。目も、生ごみを見る時のそれである。


 顔でないならどこだ、と食い下がる彼を無視して、青衣は呪われゲームを始めた。

 眼鏡少女は「ウタコ」という名前らしい。彼女の案内で、荒れ果てた新居園家の内部を調べる。

 まずは一階の玄関と廊下、そして台所だ。

「むむっ――」

 探偵を操って台所の戸棚を漁っていた青衣が、険しい顔でうなった。ただならぬ様子に、千聡も表情を引き締める。


「どうされました、お嬢さん?」

 千聡が見守る中、青衣は両手をかすかに震わせて再度うなった。

「どうしよう、千聡……このゲーム……すごく、遊びやすい!」

「は?」

 呆けた声をこぼし、千聡が固まる。呆気に取られる彼に構わず、青衣はまくし立てた。


「まずね、UIがすっごい親切なの! メニュー画面の並びも感覚的で扱いやすいし、ゲームの導線もしっかりしてる! お使いをさせられてる感なく、次に調べる箇所が分かるってすごいんだから!」

「随分と熱弁を振るわれますね……」

 今度は千聡がドン引く番である。座ったまま及び腰になっている彼へ、青衣はグイグイと顔を寄せた。


「さっきまで色々残念なもっさりゲーで遊んでたからね! そりゃ感動するさ! これならきっと、クリアできそう!」

 輝く笑顔の彼女がゲーム画面を見ると、画面の隅に一瞬だけ黒い影が映ってすぐに消えた。

「たまーにこの謎の影がボッと出てきたり、妨害者っていう血まみれオバケも出て来るけど。これぐらいならまあ、許容範囲かな」


 妨害者は若い男性の姿をしており、名前の通り探偵とウタコの調査を邪魔する幽霊だ。さほど厄介ではないものの、廊下へ上がった直後に初遭遇した時は、思わず叫んでしまった。


 千聡は物珍しそうに、俄然乗り気の青衣を見る。

「お嬢さんは、ゲームであれば幽霊にも立ち向かえるのですね」

「そうみたい。わたしも知らなかったけど」

 なにせ実物の幽霊に会えば腰を抜かす半生だったのだ。わざわざ、ホラーを取り扱ったフィクションまで楽しもうとは思わない。


 だがいざ遊んでみると、画面越しのため客観性を保てるのだ。今も鼻歌混じりである。

「たぶん画面から出て来ないって分かってるから、遊べるのかな」

 ウキウキの青衣に、千聡はぬるい笑みとなる。

「なるほど――ところでお嬢さん。こちらが呪われたゲームだということは、覚えていらっしゃいますよね?」

「うぐっ」


 不細工なうめき声から、すっかり忘れていたことは明白だった。千聡のぬるま湯笑顔が、冷ややかな笑顔に変わる。

「先ほども、正体不明の声が聞こえておりましたよね。こちらの妨害者が、画面から出て来ないという保証も――」

「あーあーあーあー! 聞こえない!」

 青衣は両手で耳を覆い、大声も上げて彼の声を遮った。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?