気晴らしのため散歩へ出ようとしていた青衣だったが、玄関でレトロクソゲー (呪い付き)を押しつけられたため、やむなく室内に戻る羽目となった。
そして自室のウォークインクローゼットの奥に押しやられていた、古いゲーム機を取り出す。
「長いこと使ってないけど、ちゃんと起動するかな……別に、起動しなくてもいいんだけどね」
「お嬢さんは引きがよろしいので、おそらく問題なく起動するかと」
青衣がウキウキとゲーム機の老衰を願うと、テレビとゲーム機を接続中の千聡が気のない声でそう返した。射殺さん勢いで彼をねめつける青衣だったが、彼の予想通りゲーム機はすこぶるご機嫌に起動した。
青衣はテレビに映る懐かしい起動画面を見つめ、がっくりと肩を落とす。
「……千聡が余計なこと言うから」
「違います。お嬢さんの引きの良さが原因です」
青衣はガーベラの形をしたラグに三角座りをしてそっぽを向き、分かりやすく不貞腐れた。千聡は淡々と彼女をあしらいつつ、『ボイス・アクト・ナイト』のパッケージに顔を近づけてスンスンと鼻を鳴らした。
青衣は揃えた膝に顎を載せて、しばし彼を見守る。
「千聡……匂い、する?」
「そうですね。薄っすらとはしますが」
顔を離し、千聡はゆっくり首を振った。
「ごくごくわずかですので、真実このゲームが呪われているのか、それとも木野さんのお知り合いの残り香かまでは分かりません」
「そっか……」
青衣が眉をハの字にして、露骨にガッカリする。
千聡は厳密には「人間」ではない。
人狼と呼ばれることもある、人に近しい少数種族なのだ。狼の性質がある彼らは嗅覚が優れており、怪異の存在を嗅ぎ分けることが出来る。
また非常に忠誠心が強く、身体能力に秀でた者も多い。そのため千聡の家系は代々、鹿路家での使用人を務めているのだ。
「現段階ではお知り合い自身が呪われている可能性も、単なる勘違いをされている可能性も否定できませんので。諦めて、とっとと実証検分と参りましょう」
「うううぅぅっ……」
千聡はそう所見をまとめると、悔し気にうなる主を無視して『ボイアク』をゲーム機に挿入した。
テレビ画面にゲーム会社のロゴが映っている間、彼はスーツの内ポケットからスマートフォンを取り出した。そして画面に何かを打ち込んでいる。
「――割と古いゲームなのですね」
どうやらこの呪物ゲーについて調べていたらしい。青衣がコントローラーを握りしめたまま、そうだよと返す。
「わたしが小学生の時に発売したはず。たしか……四年生の時だったかな?」
ぱちくり、と千聡が目を瞬いた。
「おや。お持ちでなかったはずなのに、よく覚えていらっしゃいますね」
「それがクラスに一人、クリスマスプレゼントに買ってもらった子がいてさ……」
そして冬休み明けに会うと、死を通り越して腐敗しきった目で持参したゲームソフトを指さし
「地獄は、ここにある」
とクラス中に警告したのだ。嫌でも記憶に刻み込まれるものである。
ちなみにゲームソフトはその後、担任にきちんと没収されていたはずだ。
「それはそれは……年末商戦が産んだ悲劇ですね」
千聡はそんなほろ苦い思い出話を聞きながら、スマートフォンの画面に指を這わせていた。ちなみに『ボイアク』の発売日は十二月二十日だったため、全国でクリスマスに絶望を受け取った子供がそれなりにいた模様だ。
そこで、千聡の指が止まった。
「どうやら出演者だった声優陣が、YouTubeにプレイ動画を上げていらっしゃるようですね」
ほら、と千聡が青衣へ画面を差し出す。動画のサムネイルには「黒歴史ゲーに挑戦」の赤文字が。
青衣が画面を凝視しながら、細く長い息を吐いた。
「はぁー……すっごい開き直ってるじゃん」
「ですね。ただ開き直った甲斐もあり、再生数はかなり稼げたようです」
「プロはたくましいなぁ……わたしにはとても真似できないよ」
小学生の読書感想文のようなコメントを残し、青衣はみんなの黒歴史ゲーを始めた。
だが、とんでもない前評判や固定観念によって、期待値がマイナスまで底割れしていたおかげか。
意外にも『ボイアク』は楽しかった。
「どのキャラクターも動作がもっさりしていてテンポが悪く、格闘ゲームとして致命的なまでに緊迫感がない。そのくせ音声だけは一丁前に格好いいから、その落差にまた泣けてくる」
という散々な評価通り、確かに動きはもっさりだ。常時処理落ちしているような、ぬたぬた・もたもた具合である。
しかし敵であろうとボスであろうと等しくもっさりしているので、もっさり感による難易度の引き上げ・ゲームバランスの崩壊は奇跡的に起きていないのだ。もちろん格闘ゲームにも関わらずスピード感は皆無であるものの、イロモノという前提のもとに遊べばギリギリ許容範囲である。
おまけに理不尽なバグも一切ない。ふざけた内容に反して骨太な作りだ。
「千聡、どうしよう……割と面白いんだけど」
なんだかんだと勝ち進んでいる青衣が、困惑顔で隣の千聡を見た。正座して彼女の善戦を見守っていた千聡は、しみじみと頷く。
「よかったですね、お嬢さん。クソゲーハンターの才能があるかもしれませんよ」
「あんまり嬉しくない。それに、なんだそのイカれた職業」
青衣が唇を尖らせると、千聡が小さく笑った。
「こういった問題作は、時代と共に評価が変わるものです。今ならカルト作品として、純粋に楽しめるのかもしれませんね」
「なるほど。『プラン9・フロム・アウタースペース』みたいな感じなんだ?」
「あれは今も昔も、そして未来永劫の駄作です」
即座に言い切られた。どうやら千聡は、エド・ウッド監督が嫌いらしい。
インフルエンザに罹患した『モータルコンバット』を思いがけず楽しむ青衣だったが、それもラスボス直前までだった。
青衣の操作する主人公格の騎士と、ラスボスである魔王の戦闘前のやり取りを拝聴していると――画面にノイズが走り、映像が荒れ始める。
「えっ? あっ……ひぎゃあっ!」
青衣は薄茶の瞳を丸くして、首を左右に傾け困惑の声を上げた末、汚い悲鳴を上げた。思わずコントローラーも放り投げていた。
「おや。心霊現象は真実だったようですね。クソゲーが見せる白昼夢でなかったのは何よりです」
千聡が危うげなくコントローラーを受け取り、どこか楽しそうに呟いた。
ノイズの治まったテレビに、安っぽい鎧をまとった男たちは映っていなかった。
代わりに竹林を背負って佇む、うらぶれた日本家屋がぽつんと映されている。屋根瓦がところどころ剥がれ落ち、窓ガラスも割れている箇所がある。庭も雑草が無軌道に生い茂っており、一見して廃屋である。
青衣が千聡のお腹に巻きつきながら、キャンキャンと叫ぶ。
「はいビンゴー! ちゃんと呪われてますねコレ! よくやったわたし! これにて調査終了ー! 千聡、ゲーム終わらせちゃってー!」
ゲーム終了係を命じられた千聡は、自分のお腹に顔を押しつけてテレビ画面を見ようともしない青衣を見下ろした。
「終わらせようにも、画面には日本家屋しか映っておりませんが。中断セーブすら出来そうにありませんよ」
「なんで後日再開させようとしてんだよ! ゲーム機本体の電源押して! 緑に光ってるヤツー!」
「はいはい」
腹にまとわりつく青衣を浮き輪のように抱えながら、千聡は立ち上がった。そしてゲーム機の電源ボタンを押すも――
「お嬢さん」
「やめて、聞きたくない」
「いいえ、お聞かせします。電源が切れません。テレビの電源も同じく、全く反応いたしません」
「聞きたくないって言ったじゃーん!」
千聡は涙声で吠える彼女を無視して、電源コードにも手を伸ばす。無造作にそれを引っこ抜いた。
だが、事態は一向に改善しなかった。
「なんと。電源を抜いても画面は変わらずですね。さすがは心霊現象、電気代も必要としないとは、なんとお得な」
「心霊現象起きてる時点で、損してるんだわ!」
とうとう顔を跳ね上げ、青衣がキレた。