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3:チャラ男(とクソゲー)との遭遇

 千聡を見上げて歯ぎしりしていた青衣だったが、彼から両手を外すとテレビのリモコンを握りしめた。そして電源を切る。

 ついでとばかりに千聡の腹筋にも、筋肉ほぼ皆無な細腕パンチをぶつけて立ち上がった。

「気分転換に、散歩して来る」

「それは何よりです。健康のためにも、ぜひガンガンと歩かれてください」

 殴られた千聡は全く痛がる素振りを見せず、いそいそとエプロンを外していた。そのままキッチンへと消える。


 だが、青衣がリビングを出て自室に向かおうとした時には、すでにコートを着込んだ千聡が廊下に待ち構えていた。彼の腕には青衣の真っ白なコートと、そしてレザーの小さながま口バッグが携えられている。

(……相変わらず、仕事早っ。忍者かよ)

 即座の準備万端ぶりに、青衣は胸中で感心――を通り越して呆れていた。


 対する千聡は掴みどころのない薄い笑顔で、青衣にコートを差し出した。

「お供いたしますね、お嬢さん」

「近くのコンビニぐらいしか、行くつもりないけど」

 たぶん駄目だろうと思いながらも、青衣はやんわり「来なくてもいいよ」と伝える。しかし色素の薄い顔をしかめる彼女へ、千聡は胸を反らした。

「私の本職は、お嬢さんの護衛ですから。おそばを離れるわけにはいきません」

「えーっ、嘘ーそうなんだー。おさんどん係だと思ってたー」

 青衣はわざとらしく目を丸く見開いた。


 対する千聡も、わざとらしく目尻を押さえて泣き真似で応戦する。

「それはお嬢さんがまだ純真無垢でいらっしゃった頃、『あたちは千聡ちちゃとのご飯じゃなきゃ食べまちぇん』と涙目で可愛らしくおねだりなさったからではありませんか」

「そんな喋り方じゃなかった! わたしはピノコか!」

 たまらず青衣が吠えた。


「嘘をおっしゃい。高島屋をいつもタカシヤマ・・と呼んでいらっしゃった方が、流暢に喋れるものですか。というかタカシヤマとは、どちらの関取なのです」

「そんなこと知るか!」

「たぶん本名がタカシさんなのでしょうね、タカシヤマ関。おそらくは長男で、妹が一人いらっしゃいますね。好物は明太おにぎりと、塩ちゃんこ鍋かと」

「タカシヤマの設定を掘り下げ――いや、無から生み出すな!」

 十歳年上で付き合いも抜群に長い人間を、気まぐれにからかうものではない。このままでは更に過去の恥をほじくられそうなので、青衣は真っ赤な顔でコートを受け取った。いや、奪い取った。


 怖い顔で前を進む青衣の姿から、同伴OKと判断した千聡が数歩離れてそれに続く。彼の口角はほんのりと持ち上がっていた。何回同じネタでからかっても新鮮な反応を見せてくれる青衣を、心底面白がっているのだろう。

 プンスカと長い廊下を進んだ青衣だったが、玄関の手前で止まった。視線の先にあるドアの鍵が開けられたのだ。

 鹿路家のここ本邸の鍵は、青衣たち居住者以外にも何人かが持っている。仕事上、自由に出入りしてもらった方が都合のいい分家の面々などだ。


 現に今も陽気な笑顔でドアを全開にしたのは、分家の一つである木野きのの跡取り息子だった。

「おっ。青衣サマとちーちゃん、こんちゃーっす! 今からお出かけっすか?」

「木野さんおっす。ちょうど散歩に行くとこ」

 薄い体に薄い布地の変柄シャツ (本日は虹色のユニコーン柄である)とロングカーディガンを羽織っただけの木野は、見るからにチャラいし実際にチャラい。なので彼は年上なのだが、青衣も同学年の連中と同じ扱いをする。


 彼女の答えを聞いた木野が、大仰に胸に手を当てて息を吐いた。

「マジっすか、ちょうどよかったー! ちょっと本家サマに、調べてほしいブツがあるんすよ。ってか持って来てまして」

「……ブツ?」

 露骨に青衣が身構える。何なら腕も持ち上げて、ファイティングポーズも取った。迫力はもちろん皆無である。


 なので木野も彼女の威嚇をまるっと無視して、ロングカーディガンのポケットから一本のゲームソフトを取り出した。パッケージのデザインから察するに、それは五年ほど前に生産終了アナウンスが流れた、家庭用ゲーム機向けのソフトのようだ。

 懐かしいな、と青衣も当時を思い出してほっこりしかけ――

「げぇっ!」

のけぞり、うめいた。


 何故なら木野が持っているのは、クソゲーあるいは、限りなくクソ寄りのバカゲーとして名高い超問題作だったからだ。

 パッケージには西洋風の鎧を身にまとい、剣を構える男性たちが載っている。ちなみにイラストではなく実写だ。その時点でかなり危ない臭いがする。

 しかも男性たちは、俳優やアイドルと判断するには少々パッとしない風貌であり、また鎧も剣もどこか安っぽい。ついでに彼らの背景に描かれている雷とドラゴンのCGも、こう言ってはなんだが非常にダサい。発売された時代を考慮しても、センス皆無だ。


 こんな見るからに地雷なゲームのタイトルは、『ボイス・アクト・ナイト』。

 タイトルの通り、ちょっと冴えない男性たちは皆声優であり、彼らが騎士となって戦う格闘ゲームなのだ。

 ちなみに彼らが声を当てたキャラクターが戦うのではなく、彼ら自身が戦う。そう、実写映像を取り込んだゲームでもあるのだ。おかげで迫真の声の演技に反し、どのキャラクターも動きがもっさりしていることに定評がある。そりゃそうだろう。


「こんな、“インフルエンザにかかった『モータルコンバット』”呼ばわりされてるクソゲー、なんで持ってるの……? 木野さん、発狂する前に早く処分した方がいいって」

 青衣が本気で木野の精神状態を案じ、恐る恐る助言した。しかしヘラヘラ笑顔の木野は、すげなく首を振る――時すでに発狂済みなのだろうか。

「いやー、捨てたいのはやまやまっすけど、これが調べてほしいブツなんで」

「こういうのは、クソゲー好きのYouTuberにでもやってもらおうよ。一般人には荷が重いから」

「それが、そうもいかなくて。このソフトはクソゲーでしかも、なんか呪われてるっぽいんすよー」

「この期に及んで、呪いまでっ!? 欲張りパックか!」

 青衣が目を剥いて叫んだ。

 ワンコインでも買う価値なしと言わしめた作品の時点で、購入者にとってはなかなかの呪物だというのに。一体、どれだけの不運をかき集めるつもりなのか。

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