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お嬢と忠犬と幽霊と
お嬢と忠犬と幽霊と
依馬 亜連
ホラーホラーコレクション
2025年02月01日
公開日
1.4万字
連載中
由緒正しき除霊師一族の跡取り娘(超ビビり)と、毒舌だが彼女に激甘な護衛(スパダリ)の二人が、調査を頼まれたいわくつきクソゲーに挑んで泣き言をぶちまけつつ除霊を頑張るホラーコメディです。
(小説家になろうにも掲載中です)

1:跡取り娘は難アリ

 その邸宅は、とある高級住宅街の最北端にポツンと建てられていた。カーテンが取り外された窓は全て締め切られており、無人となって久しい。


 陽の差さない薄暗い廊下を、黒い巻き毛が特徴的なスーツ姿の男性が歩いている。たれ目に泣きボクロのある、柔らかな髪も含めてどこか色気や甘さを漂わせた男性だ。

 空き家のため玄関にも廊下にも何も置かれていないが、邸宅内は清潔だった。定期的に清掃が入っているのだろう。廊下の突き当りにたどり着いた男性は、そこから更に左右へ伸びる通路を見比べる。

 無表情のまま高い鼻を、クンクンと動かした。そして、何かを嗅ぎ付けたらしく、わずかに目を大きくする。表情も少しだけ和らいだ。

「……こっちか」

 低く呟いた彼は左に曲がり、そこから二番目のドアをノックもせずに開けた。


「お嬢さん、首尾はいかがでしょうか?」

 男性は中を覗き込み、書斎らしき部屋の真ん中で腰を抜かしている女性へ声をかけた。お嬢さんと呼ばれた妙齢の女性が、真っ赤に泣きはらした切れ長の目で振り返る。髪も肌も色素が薄く、どこか儚げな印象を与える女性だ。


「ちっ、千聡ちさとぉぉー……うぇっ、た、助けてぇぇ……」

 が、泣き声はなんとも情けない。しゃくり上げるのに合わせて、途中で鼻もプピーッと鳴っている。鼻の中に吹き戻しでも装着しているのだろうか。

 座り込んで泣きじゃくるお嬢さんこと青衣あおいをしげしげと眺め、千聡は薄い表情のまま首をこてんと傾げる。


「そう易々と諦めてはいけません。ほら、もう少し頑張りましょう。幽霊と小粋なトークをする、とあんなに意気込まれていたじゃないですか。そのために『徹子の部屋』もご覧になっていたのでしょう?」

「むーりー! だって徹子さん、幽霊とトークなんてしてなかったもーん!」

 やんわりと突き放された青衣が、声を張って駄々をこねた。薄茶色の長い髪が乱れるのもお構いなしだ。


「それはそうでしょう。もしもトークをされていたら、BPOの審査入りは確定です。そもそも徹子さんは、魔女っぽいですけれど霊能者ではありませんから」

 青衣は呆れ顔の千聡をじっとりと見上げ、両腕を伸ばした。

「……千聡、抱っこ。歩けない、わたし。腰、抜けた」

 千聡が虚無の表情で、一つため息をつく。

「お嬢さん、あなたは一体おいくつですか」

「めでたく二十歳になりましたが、今の精神年齢は五歳ですぅー! いいから抱っこしてくれや!」

 千聡は開き直る彼女に呆れた視線を向けつつも、素直に歩み寄った。そして腰を落とし、青衣のペンシルスカートが捲り上がらないよう気をつけつつ、横抱きにして再度立ち上がる。次いで、書斎の壁際で所在なさげに立つ、薄らぼんやりとした人影を見た。


「こうしてお邪魔したにもかかわらず、お話もままならなかったようで大変申し訳ありませんでした」

 ぼやけた人影――この邸宅に住み着く地縛霊へそう謝ると、彼は慌てたように半透明の首を振った。

「いえ! 僕の方こそなんか、その、すみません……お嬢さんを怖がらせてしまって……やっぱり目玉が取れかけてるのが、あの、よくなかったんですかね?」

 落ち込みうなだれる彼の右目は、デロンと眼窩から垂れ下がっていた。それに後頭部からも血が滴っている。


 幽霊は基本的に、死亡時の姿のまま出現する。

 強盗に後頭部をぶん殴られて死んだここの家主も、その無慈悲な法則から漏れずに、目玉の親父の生成途中のような有様となっているのだ。

 ただビジュアルは多少気味が悪いものの、彼は話の分かる心優しい霊だった。そのため駆け出し霊能者の特訓相手として、このように駆り出されることもしばしばあるのだ。


 千聡はそんなフレンドリー地縛霊の声も聞きたくないとばかりに、自分へしがみつく青衣をちらりと見た。

「安心してください。たとえ目玉が揃っていても、お嬢さんはおそらく絶叫なさっているでしょう。それに私どもは、あなたの姿も見慣れておりますので。どうかお気になさらず」

「ありがとうございます……あの、お嬢さん」

 ぺこりと頭を下げ、地縛霊は恐る恐る青衣へ声をかけた。彼女の背中がビクつく。


「……はい」

 ややあって。地縛霊よりも死者じみた弱々しい声で、どうにか青衣が応じた。返事をしてくれたことに、地縛霊がほっと笑う。

「修行、頑張ってくださいね。僕でよければいつでも、練習相手になりますから」

「……っす」

 おそらく青衣は「ありがとうございます」と言ったつもりなのだろうが。もはや声帯が瀕死過ぎて、語尾しか残らなかった。


 千聡は白け顔で、カッスカスの声帯の持ち主に視線を落とす。

「『っす』とは何ですか。あなたは柔道部員ですか」

「……違うっす、押忍」

「どうしてちょっと気に入っているんですか」

 千聡は呆れ顔で彼女を抱え直し、地縛霊へ挨拶をしてから部屋を出た。そして長い廊下を引き返して、片腕で器用にドアを開けて邸宅も後にした。


 邸宅の門の前には、数人の大人が立っていた。仕立てのいいスーツを着た壮年の男女と、彼らを守るように周囲を囲む屈強な男性たちだ。

 真ん中の男女がまず、玄関から出て来る千聡たちに気付いた。次いで彼が青衣を抱っこしていることにも気付き、どちらも露骨に肩を落とす。

 ようやく千聡の胸板から顔を離した青衣も、二人のガッカリ顔に気付いた。平素であれば涼しげに見える小顔を歪める。


「パパ、ママ、ごめん……」

 先ほどよりかは若干息を吹き返した声に、残念オーラを漂わせていた彼女の両親もぎこちなく笑った。

「……まあ、うん、そうだね……ほら、最初は青衣も、一人で中に入って行けなかったからね……今日は入れた、わけだし……まあ、少しずつでも進歩出来てるとも、うん……」

 モニョモニョと父がフォローを入れるものの、その程度の進歩で全く満足してなさそうな声と笑顔である。


 そしてフォローされた当人もまた、今回の結果に満足出来ていなかったので、また涙ぐんだ。

「腰抜けちゃっ、てぇっ、ごめんっ、ううぅ……誠にすいませぇぇぇん!」

「ジョイマンのような詫び口上になっておりますよ、お嬢さん」

 彼女を抱える千聡だけが、場違い過ぎるフリーダム所感を述べた。青衣の父母を囲む護衛たちが「そういうことは、今言わなくていいから」と、ちょっとだけ怖い顔になっている。


 ジョイマンの高木――もとい青衣は、先祖代々除霊師として活躍する鹿路しかじ家の跡取り娘である。

 本人の霊力も非常に高く、彼女が生まれた時には親戚一同大喜びしたものだ。

 が、それも数年の喜びであった。

 幼稚園に上がる頃には、彼女がずば抜けて怖がりだということも発覚したのだ。

 当時はトイレはおろか、「皮のブツブツが怖い」と鶏肉が食べられないレベルであったという。

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