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消滅の世界
消滅の世界
仁矢田美弥
SFSFコレクション
2025年02月01日
公開日
1.6万字
連載中
山野浩一さんの「Tと失踪者たち」という短編がとても面白かったため、練習として、同じ設定で小説を書きたくなりました。

次々と人間が消滅していく世界。
《まだ》消滅していない主人公を、ここでは「K」とします。

 「死体を片付けろ」

 一切の感情を含まない硬質な声が上のほうに聞こえた。

 その後、私の脇の下に誰かの手が差し入れられ、私は上半身を持ちあげられて引きずられ始めた。

 ということは、私は「死体」として片付けられようとしているのだろうか。

 けれど、触覚も聴覚もあり、目が開かないので視覚は閉じられているが、脳は活動している。

 これが死というものなのか。

 当てが外れた気がする。私は死とは己の消滅であり、無であると考えていた。

 けれど、実際の死がどうであるかは、死者に話を聞けない以上、誰にも分からない。

 思いがけず無になり果てることのない死を体験しているのだろうか。

 いずれにしても、ただ床をずるずると引きずられてどこかへ運ばれていくしかないということは、世界に干渉しえないのである以上、死であることには変わりないだろう。

 実際、自分が引きずられていくのは分かるが、引っ張られている腕や脇の下に何の痛みも感じてはいない。私に持病はなかったから、おそらく事故か故意かで肉体を損傷したのだろう。けれど、痛覚はない。つまり、世界に干渉するどころか、己を感覚することすらできない。

 これが死だとしたら、想像していたよりもずっと空しいものだ。

 何もできず──それが人為的に、たとえば焼かれるにしろ、埋められて微生物の餌食になるにしろ──物質としての肉体の消滅を待って初めて本当の死が訪れるということだろうか。

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