秀満らは軍をまとめて信忠率いる本軍と合流し、南皮城へと入った。
翌日には曹操本隊から鄴陥落の報せが届き、南皮にて休まれよ、との心遣いもあり休養することとした。
信忠と道三は皆をねぎらおうと酒を振る舞ったが、一様に暗く口数も少ない。
今はそっとしておくが良かろうと道三が気を利かせ、思い思いに数日の休暇を過ごした。
「袁譚は旧領回復に必死のようですなぁ」
信忠は袁譚救援の名目で南皮に来たのだが、当の本人は
「道三殿、ここは曹操に合流するが良いと思うのだが」
「ですな。南皮の留守役を承ったわけでもないし、長すぎる休養は兵らを緩ますことになり兼ねんからのぅ」
信忠は道三の同意を得て、南皮を引き払うことにした。
各将に指示が行き渡る。
秀満は気力に溢れているが、光忠ら旧明智家臣が気力を取り戻すには今少し時間がかかりそうである。
「秀満殿、光忠殿以下貴殿に預ける。鄴への先陣として編成してくだされ」
せめて秀満の下ならば少しは安らごうと信忠は指示を出し、また後陣に蘭丸を配した。
負傷の信澄は、許都の可成の下へと運ばれ療養することとなった。
鄴までの道のりは、曹操の軍の統制下にあり全く危険のない旅路であった。到着するなり信忠は曹操に呼ばれ、道三、蘭丸、秀満を従えて謁見した。
「ご苦労であったな、信忠殿。かなりの激戦の様子、しかと拝聴しておるぞ」
曹操はかなりの上機嫌で迎えてくれた。
鄴陥落により、袁家の支配体制は崩れ落ち、諸侯の曹操への帰順が相次いでいる為であろう。
「さて信忠殿。儂の次の標的はなんだと思う?」
「袁尚の首ですかな?彼は兄袁煕の庇護を求め
「ふむ。袁煕と袁尚が結んだところでたいした脅威にはならんよ。奴らの首はいずれもらうが、今邪魔なのは袁譚よ」
「しかし、袁譚殿のご息女が
「信忠殿は真面目な方よな。政略であるよ。袁譚が安心して腹の内をひけらかすためのな。案の定食いついてきたわ。貴殿らも南皮では袁譚と顔を合わせなかったであろう」
「なるほど、確かに袁譚殿とはすれ違ってました」
「奴は今自身の勢力拡大にのみ関心があって貴殿らはおろか儂までも眼中にないようだ」
曹操が苦笑する。
「我らは袁譚討伐に向かうが、貴殿らはいかがいたす?」
「私どもは袁譚討伐は見合わせたいと思います」
「ほう、なぜかな?」
信忠の返答に、低く、威圧感を帯びる声で曹操が問いただした。
「袁譚殿との戦は曹操様に信義がございませぬ」
「信義か」
曹操自身それはとうに気づいていたのだが、この乱世に信義も何もあるまい、と曹操はそれが当たり前と思っている。
それを信忠が堂々と述べる。まるで劉備のように。
曹操は高笑いをした。
「信忠殿、貴殿は誠実であるな。この時代に信義を高らかに唄うは劉備だけかと思っていたが。良かろう、では信忠殿らには并州の高幹を討ってきてもらいたい」
「高幹?」
「うむ、袁紹の甥だ。并州にて袁尚に合力する動きが見える。涼州の馬騰の軍が牽制しているはずだ。合流し討ってまいれ」