「は?」
政近ははっきりと聞こえたのだが、あまりにも唐突に信じ難いことを言われて聞き返した。
「時間がない行くぞ」
今度は政近が秀満の後を急ぎついていく。陣前に着くと、秀満は息を切らせた演技をし、
「溝尾様の部隊が襲撃されており、救援を願いたく参上しました」
と、門番に慌てふためいた素振りで伝える。
「このような時に!」
門番も苦虫を噛んだような顔をする。
陣内を見ると兵らが慌ただしく出陣準備に追われている。
「鄴からも救援要請の使者が来ているのだ。とりあえず奥に袁尚様がいるので報告してみよ」
門番は疑われもせず容易に二人を通した。
「好機だな。光忠殿はどこにおる?」
政近は右を指差し、
「こちらの一番奥に」
と、伝えた。
「よし、政近は袁尚の所へ向かい、救援を仰げ。その間に光忠殿を説得する」
秀満はそういうと右への通路を駆けていった。
幸い陣全体が走ったり、叫んだりと騒がしく、咎める者は誰もいない。
「あそこか」
秀満は桔梗紋を見つけると、紋を掲げている幕へと転がり込むように入っていった。
あまりに勢いよく入ったために、光忠は驚き、ふいに抜刀する。
「待て待て、私だ」
息を切らせて顔を上げる。
中央には光忠、その左右に御牧景重、阿閉貞征が立ちはだかっていた。
「秀満殿!」
皆が皆、鳩が豆鉄砲をくらったかのように呆けた顔をしている。
「久しいな、光忠殿、阿閉殿、景重」
呆けた顔が明るい表情へと変わる。
「なぜここへ?」
光忠が代表して尋ねる。
「私は今、光秀様の命で信長軍へ潜入しておる。たまたま溝尾殿の軍と戦うことになり、政近を捕らえた所、貴殿らがいると聞いてな」
「な!?光秀様がおられるのか!」
「うむ。ここからかなり南方の呉という街にな。今は呂蒙と名を改め、仕官しておる」
光秀が存在している。この報を聞き、光忠も御牧も涙を流して喜んだ。
「貴殿らはここでは不遇と聞く。そこで私に協力してもらいたいのだが」
「不遇、であるな。仕官はしたものの、軍議で一度反論したところ次からは発言は許されず、戦では常に先陣に組み込まれ、給金すら雑兵に毛の生えた程度でまともに貰えん。嫌われたものよ」
光忠が苦笑いを浮かべる。
「それで、儂らは何をすれば良い?」
「当面は私と共に、信長軍の一員として潜伏していてもらいたいのだ」
「うむ……信長公は我らを許すであろうか?」
三人は暗い表情で下を向いた。
「私が許されて、貴殿らが許されぬことはあるまい。心配いたすな。いざとなれば光秀様を頼れば良かろう」
三人は顔を見合わせ頷く。
「うむ、ここで不満を漏らしていても仕方ない。協力いたそう。して、溝尾殿はどうする?」
「溝尾殿か。なぜ溝尾殿は重宝されておるのか?」
「詳しくはわかりませぬが、どうも呉との連絡は溝尾殿を仲介とせよ、と言うことで袁尚に大事に扱われておるとの噂。溝尾殿も話してくれぬため本当かどうかまでは……」
景重が口を開く。袁尚陣内でも、どこの馬の骨ともわからぬ溝尾が登用されることに嫉妬している者が少なくはないようである。
(やはり、そうであったか)
秀満は自身の予想通りであることを確信した。
「ならば溝尾殿も光秀様と繋がっておろう。だが、なぜ皆にそれを話さぬのか……それよりもまずは光忠殿、溝尾隊救援を袁尚に直訴してくれぬか」