「秀満殿の策、時間がかかりすぎるのではないだろうか?溝尾がそれまでおとなしくしているとは思えんのだが」
「溝尾殿次第でしょうな。我らに敵意があれば仕掛けてこようし、なければなんらかの使者があっても良いものなのだが……」
蘭丸の指摘は秀満自身よく感じていたことであった。
織田木瓜と秀満隊の桔梗紋を見ても何ら連絡はなく、その上政近が還らないのに、音沙汰もないのはやはり敵と認識しているのではないかと思ってしまう。
「もう一度政近を呼べ」
秀満は溝尾隊の詳細をもっと知る必要がある、と再び政近を招聘した。
後ろ手を縛られた政近が連れてこられる。
「なんでしょうか?」
「何度もすまぬ。溝尾殿は袁尚に忠誠厚い様子か?」
「さあ、わかりませぬ。我らにはいつでも軍を離れて良いとは言っておりましたが」
「溝尾殿と他の者の関係は?」
「一人でいる時間が長く、我らはおろか、藤田殿にも軍の指示以外のことは話しませぬ」
政近は自分の感じたままを話し、その表情には偽りの色は見えない。
(もしや……)
それを聞いた秀満は、思い当たる節があるのか、声に出さずに心の中で呟いた。
「溝尾殿に頻繁に使者が訪れている様子はないか?」
「そう言われれば……そうかも知れませぬ」
「そうか。政近、情報の提供感謝いたす」
秀満はそう言うと政近を下がらせた。
「なんのことか?」
質問の意図がわからず、蘭丸は怪訝な顔つきで秀満を問いただした。
秀満は答えに窮した。
溝尾茂朝の行動は本能寺にて信長を討つと光秀に打ち明けられた時と酷似していた。
そのため溝尾は光秀と接触をしている、と秀満は感じていたのだった。
このことを蘭丸に説明するには光秀が存在することを話さねばならず、それは蘭丸や信忠だけではなく信長をもたばかることとなり、秀満軍の弱体化を招くとともに秀満自身の命まで危うくする。
それ以前に、信長に惹かれつつも、まだどっちつかずの心情だけに光秀の存在があからさまになるのは避けたい。
「仮定の話なのだが……」
秀満は歯切れ悪く話しだした。
「溝尾殿は袁尚以外の何処かの勢力と繋がっているのではなかろうか」
「曹操や呉の孫家、荊州の劉備や劉表といった勢力か?」
「かも知れぬし、我らのようにこの世界に来てしまった者かも知れぬが」
「同僚の藤田や部下の松田などに内緒でか?」
「個人的に、かも知れぬ。袁尚に敵対している曹操も可能性はあるが、それよりも袁紹の代から親交のある劉表や、今は潜めたが対曹操を全面に押し出していた孫家が考えられる」
「今ひとつ納得がいかぬが、可能性はないと断言はできんな。では溝尾が軍を動かしたらいかがいたす?」
「光忠殿の説得がうまくいくまで蘭丸殿に軍を預けますゆえ、信澄殿と合流し押されては退き、退いては押すとゆるゆる時間を稼いでもらいたい」
「まさか、直々に行かれるのか?」
「ええ。その方が光忠殿を説得できましょう」
蘭丸は考え込んだ。どうにも説得力に欠ける話で、しかも秀満自身が光忠の調略に向かうと言う。
もし寝返ったら、とも考えたが、軍を蘭丸が引き継ぐ以上、これといって不利になることはない。
むしろ敵になってくれた方が思う存分恨みを晴らせるというものだ。