激しい剣撃を続けていた秀満が指示を出すと、政近が秀満の刀の側面を自身の刀で思い切り打ちつける。
強烈な痺れが秀満の腕を襲い、その痛みから刀を取りこぼした。遠巻きに見ていた兵らが秀満の危機にあっ、と声をあげる。
だが秀満はすかさず肩から体当たりし政近を倒す。その倒れた衝撃で政近も刀を手離してしまった。
秀満は政近に馬乗りになろうと飛びかかるが、そうはさせまいと政近も殴打で反撃する。
秀満が怯んだところを政近が蹴り飛ばし、今度は政近が馬乗りになろうと襲いかかる。
「君には光秀様への使者を頼みたい。命の保証はする。降られよ」
秀満へと飛び込んでくる政近を、身を転がして避ける。
「畏まった」
秀満のいなくなった地面にうつ伏せになりながら、政近はようやく承諾した。
秀満は身を起こし、政近の上に跨がる。
「待て、降る、降参だ」
秀満は政近を起き上がらせると、自軍の兵を呼び、縛につかせた。
降伏した者は皆許されて、秀満軍に編入し、蘭丸をその総括に任じた。
秀満は床几に座り、捕らえた政近を引っ立てさせると、
「縄を解け」
と、命じる。
「政近、本隊を率いる将は誰か?」
「
「なんと溝尾殿が。他に明智家中の者は?」
「
政近が挙げた名は皆、山崎の合戦や坂本落城時辺りで討死した紛れもない家臣達であった。
「それほど揃っておるとは……」
秀満は懐かしい面々が揃っていることを感慨深く感じていた。
「茂朝殿は随分と袁尚に買われているようで、大将に取り立てられました。その時に桔梗紋を軍旗に掲げ、他の皆が馳せ参じたという次第です」
「茂朝殿の人柄ならばそれも頷ける話だな」
「逆に光忠殿の扱いは一般の兵なみに低く、不満を漏らしておるのを幾度となく耳にしております」
「ならばそこから光明が見いだせそうだな」
政近は光秀がこの世界にいて、再び仕えることができるとしると、やけに口が軽くなり、聞かれていないことまで口走った。
そこから秀満は袁尚攻略と同時に光秀への連絡の糸口を掴んだようである。
あからさまな明智家臣団との接触は蘭丸の目が光っていて、なかなかに為しがたい。
そのため、光忠が不満を抱えているという情報は対袁尚を隠れ蓑に使えるため有り難かった。
「政近、もうしばらくおとなしく縛られていてくれ」
秀満は政近の耳元で囁くと、衛兵に、
「政近を連れていけ。それから蘭丸殿を呼んで参れ」
と、命じた。
やや間を置いて、蘭丸がやってきた。
「蘭丸殿にとってはあまり良い知らせとは言えないかも知れぬが、袁尚側にかなりの数の明智家臣がいるらしい」
蘭丸の顔が険しく変化していく。
「あの軍の大将は溝尾茂朝。袁尚がお気に入りのようだ」
「ほう、溝尾殿が」
「うむ。藤田殿も従軍しているという話であった」
「明智家の重臣がお揃いとは。それで?彼らをこちらに引き入れるつもりですかな?」
「できるならばそうしたいと思う」
「旧臣らを集めて何を企んでおられるのか?」
蘭丸は徐々に語気が荒くなりつつある。
「もう一度信長様に叛旗を翻すつもりか?」
「落ち着きたまえ。私には信長様を裏切る理由がない。明智家臣とはいえ、この世界では数少ない我らの同朋、味方に引き入れて何らおかしいことはあるまい」
蘭丸の喧嘩腰の態度に合わせるように、秀満も語調が強くなっていく。
蘭丸も頭では理解し、また反論に及ばない論であるのは認めている。だが感情の高ぶりを抑えるのは容易ではなかった。
しばらく無言の睨み合いが続き、ようやく蘭丸が口を開いた。
「で、いかがいたす?」
「うむ。まずは溝尾殿だが、袁尚の寵愛厚いならば切り崩しにいっても断られる可能性がある」
蘭丸は静かに頷き、先を促した。
「そこでだ、袁尚本隊には不満を抱える光忠殿がいると聞く。こちらを先に籠絡しようと思う」
「光忠もおったのか」
「光忠殿には御牧、阿閉両氏が付き従っている。この者らを引き入れれば、溝尾殿の隊にも動揺が起こり、寝返る者も出てこよう」
秀満は細かいことを抜きにした調略の策を蘭丸に話した。
だが蘭丸は物足りなげな顔をしている。