「もう少し愛想良くできねえのかい」
先ほどの小汚い男が呟いた。こんな風体でもこの集団の頭領である。
孫策の台頭により行き場を失った山賊や盗賊などの類を集め潜伏していたところを、許貢の刺客に雇われて孫策への復讐の機会を得ていた。
そして煽動や陽動の役目を請われ、その途中、行き倒れになっていた男を拾ったのだ。それが口数の少ない壮年の男である。
男は無愛想ではあるが義理堅く、世話になった恩として、隠れ家の一つを発見された刺客らのために、誘導し戦力を分散させ敵の指揮官らしき武将を討つ策を提言したのだった。
「まあいい。さあ仕上げに行こうじゃないか」
頭領が声をかける。
敵の部隊長である呂蒙は近頃警備や捜査を強化し、刺客や頭領にはとても鬱陶しい存在であったのだが、今討ち取れる機が巡ってきたのだ。
壮年の男は大陸には珍しい細身の剣を手に取り立ち上がり、我先にと街道へと足を運んだ。
前方から孫策軍の兵が駆けてくる。
男は鞘から刀を抜くと、ふぅと深呼吸をして待ち構えた。後ろには頭領を始め賊徒が群れを成した。
「来たぞ」
その中の一人が声を張り上げる。
「呂蒙だ、間違いない」
続けて先頭を駆ける武将を確認して、皆に伝えた。
「逃がすな、必ず殺せ」
頭領が士気を上げる。
「……!殿?」
壮年の男が見た呂蒙の姿は、自身の主である明智光秀に似ていた。
「まさか。殿がいるはずがない。だが……」
別人と思っていても、やはり似た顔の人物を殺傷するには抵抗を感じる。その様子を見た頭領が声を掛ける。
「臆したか?無駄に死ぬことはねえ。怖いなら下がってな」
「…………」
この言葉に触発されたのか、男は光秀似の武将に向かって駆けた。
「光秀様、敵の待ち伏せが!」
「見えている。良いか、戦功に捕らわれるな。ひたすら突き崩し突破せよ」
そう部下に告げるとますます速度を上げていく。同じように向こうからも敵意を剥き出しにして駆けてくる。
光秀はその武将の姿に見覚えがあった。
明智家の家臣の中で婿の秀満と並ぶほど信頼の厚い武将、斎藤利三であった。
(利三!?まさかな……しかしあの出で立ちは……)
そうしている間にも距離はどんどん縮まっていく。
「呂蒙!なんの恨みもないが、その命頂戴いたす」
利三が刀を振りおろす。
「そなたでも儂を呂蒙と見間違うか」
利三は驚き戸惑った。この人物は呂蒙に違いないと言っていたはず。だが実際は主君明智光秀であった。
「と、殿であらせられるか?」
刀を受け止めた光秀に尋ねる。
「いかにも。儂に敵するか?」
「否」
「ならば命ずる。前方の賊を蹴散らせ」
「承知いたした」
利三は踵を返し賊へと近づいていった。
「貴様、裏切るか」
突如こちらへ殺意を向けて走り寄る利三に頭領が怒鳴った。
「返り討ちにしてやれい」
頭領の命令で賊が利三を迎え討つ。
「利三を討たすな、続け」
光秀も部下も賊へと突っ込んでいく。場は一気に乱戦となったかに見えた。
だが、光秀と利三の武勇が圧倒的にずば抜けていて、軽装とも言い難いほど粗末な賊の武装、統率の取れていない力任せの蛮勇ではとても太刀打ちできない。
まさに烏合の衆と呼ぶに相応しいこの賊徒らは、あっという間に光秀主従に追いやられ、道を開けた。
頭領だけは舌打ちを繰り返し、機嫌の悪さを全面に出して、光秀に対峙した。
この男をなんとかしなければ、この先には行かせてもらえそうにない。
「殿、私が」
利三が光秀の前に立ち、頭領と睨み合った。
頭領と呼ばれるだけあって、うだつは上がらない風貌だが、丸太のような腕は暴力での統制を想像させる。
その腕力を活かすために、地獄の鬼が持つような鋭い突起がたくさん散りばめられた金棒を武器とし、ぶんぶんと大気を震わしている。
例え一撃でもこの攻撃が当たったら致命傷となろう。
そのため利三は金棒の間合いに入らないように、距離を置いて向かいあっていた。
動きはじめたのは利三。素早い足捌きで、右回りに、頭領の死角を突くように移動をする。
当然利三を正面に見据えるように頭領も動く。
「ちょこまかと」
頭領は業を煮やしてきているかのように発憤しだした。