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第6話

「呂蒙殿はここで待機を」


 光秀は振り向いて呂蒙に告げ、さらに兵に呂蒙殿を頼むと指示すると、隙を伺って外へと飛び出した。


 そのまま一番近くで呂蒙隊と交戦している刺客に突きかかる。不意を衝かれた刺客は光秀の繰り出す槍をかわしきれず、右肩を貫かれた。


 刺客は武器を落とすと、ここぞとばかりに突進してきた呂蒙の部下に腹部を突き刺され絶命した。


「まず一人」


 光秀は刺客が落とした刀を拾うと、次なる刺客に向けてその刀を投げ飛ばした。


 空を飛ぶ刀は刺客を背後から襲う。


 後方にまで気が回らずにいた刺客にはかわせるはずもなく、背中に突き立つように見事に刺さり、刺客はそのまま地に伏せた。


「二人目」


 光秀があっという間に二人の刺客を倒すと、形勢不利とみた残りの刺客たちは、呂蒙隊を牽制しつつ後退をしはじめた。


(せめて一人くらいは捕らえたいが……)


 光秀はそう考え、刺客らの側面を衝くように動いた。


「我らも動くぞ」


 洞穴から戦況を見ていた呂蒙も、攻勢に転じたと感じとり、刺客ら目掛けて突進していった。こうなっては刺客らは牽制も何もなく逃げるしかない。


「捕らえよ、追え」


 呂蒙の声が響く。


 逃げることに専念されては追いつけぬと、光秀は側面から捕捉することを諦め、呂蒙に走り寄った。


「呂蒙殿、刺客の人数があれだけとは限らぬ。貴殿は深追いせず、ここにとどまられよ」


「なればこそだ。我らが一丸となり追わねば。一網打尽にできれば孫策様の身も安全になる」


 助言は発憤している呂蒙に届かない。光秀は一抹の不安を感じていた。


 なんの根拠もない不安だが、長年の戦場の勘のようなものが働いていた。


 追走が続く。身軽な刺客らにも疲れは見えるが、それ以上に重装備の呂蒙隊が疲弊している。


 不意に刺客らの奇妙な動きが光秀に目についた。


 突如三人が三方向に別れて逃げだしたのだ。


「我らも兵を三手に分ける」


 呂蒙の指示で副将が右の、光秀が左の、呂蒙自身が中央の刺客をそれぞれ追いかけることになった。


「呂蒙殿、くれぐれも無理はなさるなよ」


 光秀は厳重に呂蒙に注意を促した。


「伏兵がいるやもしれん。周りにも気を配り追走せよ」


 光秀は先頭を駆けながら注意を促す。


 しばらくすると、ふと刺客が身を翻し、追う光秀たちに対峙した。その顔にはしてやったりとした達成感を味わったような笑みが浮かんでいる。


 そして武器を構えたかと思うと、己の首を掻き斬り自害した。


「逃げ切れぬと観念したのでしょうか?」


 端から見れば確かにそのように見える。


(だが、逃げることを諦めて死んでいく者が笑みを浮かべるだろうか?)


 光秀は兵には答えず、自問した。


(逆に、どんな時ならば笑って死ねるか?目的を遂行した時……)


 光秀ははっとして兵に、


「急ぎ戻るぞ。呂蒙殿が危ない」


と、彼には珍しく、焦りを露わに指示を下した。



「ふん、おめえの策にはまったな」


 光秀の通り過ぎた林の中で、先の刺客たちよりも遥かに汚く、品性に欠ける男が下品な笑みを一人の男に向けていた。


「……」


 話しかけられた壮年の男は無言、無表情のまま、刀を取り立ち上がる。


 周囲の者たちとは明らかに別格で、この集団にはけして交わらない違和感のある存在である。



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