それでも構えは崩さず、視線はしっかりと光秀の一挙手一投足を捉え続ける。
「この国は……日ノ本か?」
光秀は呂蒙の言動が止まったのを見受け、問いだした。
「日の本?なんだそれは。聞いたこともない。この国は漢だ」
「漢だと?」
光秀は呂蒙の返答に声を張り上げ復唱した。
「では、そんさくとはここの領主のことか?」
「そうだ」
何を当たり前なことをと、もしかして気でも狂っているのか、という複雑な表情で光秀を見る。
光秀もそう思われても仕方のない顔つきをしていた。それもそのはず、光秀の生きた時代から千四百年近くも過去に、それも日本ではなく大陸に再び生を受けたのだ、戸惑わない方がおかしい。
呆けたような光秀を尻目に呂蒙が言葉を続ける。
「今度はこちらの質問に答えてもらう。貴殿はどこから何をしに来た?」
光秀ははっとし、
「私は惟任……いや明智光秀と申す。ここより東方の海を越えた日の本、君たちで言うところの
「東來だと?」
今度は呂蒙は呆気にとられた。
大陸のはるか東方に浮かぶ、仙人の住む島で不老不死の薬があるとされる、いわば伝説の類である。
「いかにも」
光秀としてもこうとしか答えることができない。
「目的は?」
「さしあたって目的はない。気がついたらここにいたのだ。それを貴君らが何を勘違いしたのか襲いかかってきただけだ」
光秀は皮肉を交えながら返答した。
「それを信じよと?昨今、我が君孫策様の命を狙う不届者が潜伏しているとの噂が巷に流れている。貴殿がその刺客であるやも知れん。いきなり殺気をぶつけたのは貴殿がその刺客である可能性があるからだ」
「なるほどな。だが違う……と言っても納得はするまい」
「いかにも。我らに非があろうと部下を斬ったことには変わりない」
「ならば」
光秀は刀を鞘に納めた。
「貴殿の言う刺客を捕らえることに協力致そう。それならば潔白を証明できよう」
「次はそうやって我らに取り入るつもりか?」
「そう突っかかるな。儂が刺客ならば貴君の命はすでにない」
呂蒙は迷った。
部下を斬り、顔を見られている呂蒙を生かしておくのでは刺客としての意味が薄れるし、それによって警護が厚くなれば刺客自身も危うくなる。
だが同時にこの正体不明の男が刺客だった場合、引き入れるのは無碍に孫策へと近づける結果となり、暗殺を容易くしてしまう。
「儂を貴君の部下として雇いたまえ。それに貴君の顔と私の顔は似ている。入れ替わり貴君の代わりに任務を遂行し地位を上げることもできよう」
呂蒙はこの甘言に心が揺れた。
地位云々は自分の力で成し遂げたいと思っているが、この有能そうな男が自分の腹心となるのには揺らぐ。それに部下としてならば行動も監視、管理できよう。
光秀はこの動揺を見抜いていた。光秀としても、突如飛ばされた古代の中国で生きていくためには、なんらかの伝手を作らなければならない。
「迷うのはわかる。だが見ての通り、儂の武芸は貴君の部下より優れているし、政治や戦略に関しても一通りの知識はある。役に立てるとは思うのだが?」
「うむ……わかった。我が部下として雇おう。しかし、まだ刺客ではないとの証拠がない。しばらく監視はつけさせるぞ」