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第2話

(追っ手か?)


 光秀は咄嗟にそう判断した。


 なにせ主君信長を本能寺にて討った謀叛人である。


 羽柴秀吉はしばひでよしのあまりに早い畿内帰還、味方になるはずの武将らが敵対または中立するといった事態により、山崎での戦に敗れ逃げていたのだ。


 追っ手と判断するのは至極当然であった。


 そして殺気は言葉を伴い、光秀の背後に至った。


「貴様は何者か?ここで何をしておる?」


 声は一つだが足音は三人ほど。これならばなんとかなるかと、腰の刀に手をかける。


「なぜ何も言わん?」


 後方の三人がじりじりとにじり寄り、距離を詰める。


「答えんか!」


 内一人が痺れを切らして怒鳴った。


(ままよ!)


 光秀は答えるかわりに、居合い同然に抜刀すると、舞うかのように華麗に流れる動作で三人に相対した。


「我は惟任日向守光秀!」


 堂々たる名乗りをあげ、三人に斬りかかる。囲まれないように、右に立つ坊主頭の大男を最初の標的にし、全力で駆ける。


 大男は虚をつかれたかのように狼狽し、槍をでたらめに振るった。


 光秀は大男とは対称的に冷静に相手の動きを見ると、隙の大きな足元を狙い、低い姿勢で斬りつけた。


 剣は凄まじい速さで大男の左足を切り裂き、それによって大男は体勢を崩し倒れた。


「これは……」


 光秀は自身の身軽さと剣技の冴えに驚いた。武士として剣の技や武道を磨き続け老練の域に達したものが、若さという潤滑油を得て、さらに昇華したかのようであった。


(これならばいける)


 そう確信した光秀は大男に止めを刺さず、次の標的に向かった。真ん中にいた大将らしき人物である。


 その人物はよくよく見ると、精悍な顔つきの中に幼さが見え隠れする若武者であった。


(若い、だが……)


 自分の命を狙う者に、いくら女子供でも躊躇などしている余裕はない。


 光秀が剣を振りかぶる。だがもう一人の男が間に入って来て、若武者を身を挺して守る。


 そのまま光秀の剣が振り下ろされると、左肩から袈裟斬りに斬られ、血が吹き出した。


 それでも、光秀を捕捉すべく両手を広げ鷲掴みにしようと寄ってきた。


 光秀は咄嗟に後方へと跳ね、同時に刀を振るった。攻撃は相手の正中を的確になぞり、眉間から真っ二つに割られたかのように血煙が上がり、そのまま前方に倒れこんだ。


(残るは一人)


 男が倒れたために、その後ろに見える若武者を睨みつける。若武者は怯えた様子を見せながらも、逃げようとはしない。


 逆に槍を構え、光秀の出方を窺っていた。


「ん?おぬし……?」


 光秀は目を疑った。


 若武者の顔は髭など微塵もなく、女と言われれば女に見えなくもない。それ以上に若き日の光秀によく似ていた。


 いや、若返っているのだから今現在似ているのかもしれない。


「おぬし、名は?」


「我が名は呂子明りょしめい、江東の孫策様の配下だ」


「なに?呂子明?孫策?」


 光秀は混乱した。


 『そんさ』」という人物を頭の隅から隅まで探し回るが、思いつくのは三国志の孫策のみ。


「少し話を聞かせよ」


「私の部下を切り捨てておいて何を言うか!」


「斬りかかったのはそちらが先であろう」


 呂蒙は言葉に詰まった。

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