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第32話

 軍備の最中の再軍議に諸将は驚き戸惑った。


「殿、時間が押し迫っての緊急軍議。よほどの重要事でしょうな?」


 将らも袁紹の優柔不断さは心得ているし、中でも逢紀や郭図といった軍師らは沮授にそそのかされたと疑ってかかっている。


「うむ、許攸の姿がないのだ。誰か見ておらぬか?」


 袁紹の言葉に軍師団が反応する。


「許攸ですと?あんな強欲傲慢な奴のために緊急軍議をするのですか?」


「許攸が曹操に寝返ったのならば緊急軍議の意味もあろう」


 沮授が口を挟んだ。


「ならば尚更急ぎ進軍すべきではないか」


「愚かな。進軍したとて烏巣が曹操に落ちれば、我らは瓦解するぞ」


「では烏巣に軍を派遣し守りを固めればよかろう」


 沮授と郭図の論戦が続く。


「軍師団で揉めている場合ではなかろう。実際に軍を率い戦うのは我らだ、攻めるにせよ退くにせよしっかり方針を決めてくれぬと」


 張郃が割って入る。


 こうなってくると袁紹は尚更決断力が鈍る。


「ええい、まとまらぬ。沮授よ、軍師団をまとめ、どうするか明日までに決めよ。皆、明日まで出陣準備は待機じゃ」


 この言葉に出陣までもがうやむやとなり、とりわけ実務を担当する将軍らからは非難や不平不満が囁かれていた。


 軍師たちの言い争いは夜更けまで続いてもまだ収まらず、とても意見がまとまりそうにない。


 その様子や、許攸の不在の報告に袁紹も苛立ちを隠せずにいた。


 そこへ兵が慌てふためいて飛び込んできた。


「え、袁紹様。曹操軍の騎兵が城を出たとの知らせです」


「何?進路は?」


「烏巣方面ではないかと」


「ちっ、皆を呼べ」


 夜明けを待たずに将軍、軍師が召集された。


「今、曹操軍が烏巣方面へ進発したとの報告があった」


 座が一斉にどよめく。


「すぐに烏巣救援の軍編成を我らにお命じくだされ」


 張郃と高覧が立ち上がった。


「いや、ここは官渡を攻め立てるべきですな。さすれば烏巣攻撃軍も進退極まりましょう」


 郭図が進言する。


 張郃の意見を推す者、郭図と意見を推す者と二つに分かれ、再度論戦となり、袁紹は揺れ動き決断をくだす。


「張郃、高覧。おぬしらは官渡を攻め立てよ」


 張郃は不審そうな顔をしたが主命である。取り急ぎ官渡へと出発した。


 さらに袁紹は蒋奇しょうきという部将を呼び、軽騎兵を与えて烏巣救援を命じた。


 沮授は有利なはずの袁紹軍が綻ぶのを実感していた。


 曹操への対応はすべからく後手となり、望んで勝機を放り投げてるようにしか思えなかった。


「蒋奇よ、恐らく手遅れだ。無理せず、危険を感じたらすぐに戻れ」


 沮授は見送りがてら伝えた。


 せめて、張郃が曹操不在の官渡を落としたら状況を再び変える期が訪れる、そう信じて少しでも多くの将の離反や戦死を避けるべく動いた。


「高覧よ。なぜ儂が官渡を攻撃せねばならんのだ。烏巣の淳于瓊の救援が優先だろう?しかも儂に行かせてくれと進言もしたのに」


 張郃は高覧に愚痴をこぼしつつ、官渡を目指した。


「我らは郭図に嫌われてますからなぁ」


 高覧は諭すように、にこやかに返した。


「うむ。この戦、勝っても郭図の手柄。気が進まぬ」


「確かに……」


 今度は高覧も押し黙った。


「だが。郭図憎しで主命をないがしろにするわけにもいかぬ。先を考えず遮二無二攻めまくろうぞ」


落ち込んだ高覧と自分の心を鼓舞し、張郃は意気込んだ。

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