袁紹の呼びかけで、袁紹麾下の将軍と軍師らが集結した。
「兵糧や物資は烏巣に全て集めた。もう後顧の憂いを気にすることなく曹操を攻めれよう」
袁紹の宣言に場の士気は高まった。
だが。
「私は反対です。烏巣に集めてしまったものは致し方ないですが、そこを囮にし、一旦退いて戦線を再構築すべきではないでしょうか?」
沮授である。再三の撤退を進言しているが、袁紹を始めとする幕僚は一向に聞く耳もたない。
「この期に及んでまだ言うか。曹操を倒し、漢帝を迎え入れる絶好機ではないか。我らが力押しすればもはや勝負ありだ」
「窮鼠猫を咬むということも」
「そんな戦力があると思うのか?」
「相手が曹操ならばそこまで考えてもまだ足りますまい」
沮授は引き下がらない。自身の生命に賭けてもここは押し留めなければならない、と懸命に食い下がる。
「ええい、もうよい。沮授よ。下がっておれ」
袁紹は衛兵に目配せして、沮授を追い出した。
「さて仕切り直しだ。とはいえ、不落の官渡を落とすのは至難。誰か居らぬか?」
「策で挑むのはいかがか?」
参謀の逢紀が進言した。
「策の勝負では曹操に利があろう」
袁紹はあっさりとその提案を切り捨てた。
「私が参ります」
果敢に手を挙げたのは袁尚だった。麾下の将兵に跡取りであることを認めさせるため、袁尚は戦功に焦っていた。
「ならん。おぬしにもしものことがあったらなんとする。それにしても、儂の子が挙手しているのに、自ら行こうとする者はおらぬのか?顔良や文醜ならば諸手を挙げておるぞ」
袁紹の喝に座は静まり返る。
「張郃、審配、どうだ?」
「恐れながら。ここは殿に大軍を率いていただいた方がよろしいかと」
張郃が立ち上がり返答した。
「最後の締めの戦いです。殿が指揮を執れば将兵の士気も大いに上がりましょう」
審配も追従する。
「ふん。結局は儂頼みか」
そう悪態をつきながらも持ち上げられたためか顔はほころんでいる。
「異議のある者はいないか?」
との問い掛けに、異口同音に異議なしの旨が返ってくる。
「よかろう。官渡殲滅、許都奪還まで儂が指揮をしよう」
袁紹は帯刀してある剣を抜き放つと、天に掲げ、高らかに宣言した。
その号令を受けて、袁紹軍は即座に親征準備に取りかかった。
だがさすがに数十万の大軍である。一日二日で整う数ではない。
袁紹は手持ち無沙汰になったため、沮授の幕に自ら赴き、説得しようと試みた。
だが沮授は頑として首を縦に振らず、親征を愚かしいとまで言い放った。
さらに、
「先日の軍議以前から許攸の行方が知れぬのを殿はご存知か?」
と問うた。
「許攸?どこかで酔いつぶれておるのだろう」
「それは楽観すぎますな。許攸は己の利に聡い男。ここにいるよりも曹操のほうが厚遇してくれるとわかれば躊躇なく寝返ります。しかも彼も軍師団の一員、烏巣に兵糧を集めたことは知っておりましょう。重大な情報ですな」
それを聞き、袁紹に不安が横切り、顔面蒼白となった。
「誰か!許攸を探せ」
外にいる護衛の兵に命じる。
「それでも殿自ら大軍を率いますか?」
「ううむ……」
袁紹は腕を組み考え始めた。
「再度軍議を開く。将を呼び集めよ」
ここにきて袁紹の特技とも言える優柔不断さが頭をもたげてきた。