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第26話

「もしかしたらおぬしもその間者の一人かも知れぬな」


 許攸は試すような目つきを道三に向けた。


「そうであるならばいかがいたす?」


 道三はその問い掛けに否定をしない。


「くっくっく。やはりそうであったか。まあ安心せよ。袁紹に突き出すことなぞせぬ」


 許攸は意地の悪さをさらけ出すようににやにやと笑った。


「ふん。では儂の主に意向を伝えるが構わんか?」


「構わんが、おぬしの主は曹操ではないのか?」


「織田信長。曹操とは同盟関係じゃ。心配いたすな。きっちり曹操に降る手はずは整えておく」


「聞かぬ名だな。まあ良い。曹操には恩賞を弾むよううまく伝えておいてくれ」


 許攸はそういうと、酔ったふりなのか足下も覚束ない様子で歩いて戻っていった。


 道三は念をいれ、用心深く許攸を尾行させ、他の諜報員には信長と曹操への使者を命じた。




 その日のうちに、道三の使者が官渡城へとたどり着いた。


 曹操は全重臣と蘭丸をすぐに呼び集め用件を聞いた。


「許攸が?」


「はっ。曹操様を勝利へ導く秘策があるので、それを条件に寝返りたい、と」


「蘭丸、これがそうか?」


 曹操は蘭丸を見つめると、無言で頷いている。曹操はそれを確認したあと、話すのを止め、考えこんだ。


「よし。その秘策とやらを披露してもらおう。降伏を受け入れる……いや、是非とも我が陣営に参加してくだされ、そう伝えよ」


 そう苦笑いをしつつ使者に返答を持たせた。


 傲慢な人間であることは広く知れ渡っており、下手な回答をすると臍を曲げかねないので、許攸を持ち上げるような返事をさせることにした。


 使者が去ると曹操はそのまま軍議を始めた。


「ようやく勝機が巡ってきたようだな。さて許攸の秘策だが、おおよその見当はつく。そこでだ」


 曹操は再び蘭丸を見つめた。


「蘭丸よ、信長殿に此度の戦、曹操と曹操軍になれ。軍旗や武器などはこちらで用意する、と伝えてくれぬか?」


 蘭丸は曹操の言葉を反芻するが、全く意味がわからない。


「ははは、深く考えるな。言葉のままよ」


 曹操は機嫌良く高笑いし、蘭丸の肩を叩いた。


「はあ……」


 蘭丸は余計に理解できなくなり、曖昧な返事をすると軍議を退席し、信長の下へ戻るべく出立の用意を始めた。




「対岸に何者かの軍を発見」


 信長軍の物見が発した言葉に陣がざわつく。


「どこの手の者が判断できぬか?」


 報告を受けた信長が問い返す。


「霧が収まればなんとか判別できるのですが……」


 信長は視線を黄河に向けたが、薄い霧が川面いっぱいに広がっており、それが邪魔をしてはっきりとは見えない。


「どれ、儂が行こう。信忠、兵と船を用意しておけ」


 信長は立ち上がり、隣に座る信忠に指示した。


「父上自ら行かれるのですか?」


「そう言っておる」


「しかし……危険すぎます。私が行きましょう」


「それではつまらぬ。儂も久々に兵を指揮したいのでな」


「ならば私か趙雲どちらを同伴を」


「くどい。信忠と趙雲は本陣の護衛を任ずる」


 こうなっては信長はてこでも動かない。信忠は自身の部下から武芸に優れた人物を、信長の率いる軍に紛れさせ、護衛を任じた。


「さて。腕が鳴るな。対岸にいるくらいだから袁紹の軍であろう。寡兵であるとはいえ油断するなよ」


 信長は兵を鼓舞し、船を出させた。対岸の軍も信長軍には気づいていたが、敵味方判別できずに対処に困っていた。



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