「あの手この手と多彩なことよ。李典を呼べ」
苦戦しながらも、曹操は楽しんでいるかのように呟き、配下の武将を呼ぶよう命じる。
まもなく、武将としては体躯の小さい、文人肌の男が曹操の前にやってきて跪く。
「李典、水路の工作は終わったか?」
曹操は袁紹が
そこで黄河の水を城壁まで引いてくることでその攻撃を防ごうと画策し、李典にその工事を監督させていた。
「は。滞りなく」
「よし、遠慮なく流しこめ。それから、この設計図を託す。なるべく急ぎ作らせよ」
李典は曹操から数枚の紙を受け取り眺める。それは、振り子を応用し大きな石を飛ばす兵器、発石車の設計図であった。
李典はすぐに立ち去り、大工に命じて発石車の開発に取りかからせた。
曹操は李典を見送ると、今度は自室に軍師たちを呼び寄せ、
「さて、発石車が完成すれば、城外の攻撃は止むがそれだけだ。埒があかぬ。君らならどうするか? 」
曹操にしては弱気な言葉で尋ねた。皆の前では余裕のある態度も、実際は決め手に欠け苦しんでいたのだ。
曹操の問い掛けに郭嘉、荀攸、程昱、賈詡、皆揃って沈黙した。
「荀彧にも書を送り、一時撤退し誘い込もうとしたのだが……」
「反対されましたな?」
曹操の言葉に郭嘉が反応する。
「うむ。それどころか叱責されたわ」
と曹操が苦笑する。
「叔父上らしい。しかし兵糧も残りわずかでは籠城しても……」
荀攸が嘆く。
「徐晃に兵糧を搬入させては?」
「ならん。こちらの兵糧不足を悟らせる訳にはいかん」
程昱の提案を賈詡が退ける。賈詡はそのまま続けて、
「信長の軍は何をしているのだ」
と机を叩きつける。
「信長軍に期待してどうする?」
曹操の一言に場は再び静まり返った。
「信長様、道三様より使者が参りました」
信長は使者を呼びつけ報告を聞いた。
「面白い。蘭、曹操への使者を頼む」
すぐに書をしたため、脇へ控える蘭丸に命じる。さらに道三の使者に、今後の動向と曹操との連絡を指示し戻らせた。
「もうじき戦局が動く。信忠、いつでも進軍できるように準備しておけ」
信長の命を受けた蘭丸は、この時代に来てから徴兵した兵に案内を頼み、馬を急がせた。
途中袁紹軍に発見されないように、人気の少ない所を選び、官渡城の近くの小山までたどり着いた。
「蘭丸様、ここから官渡一帯が見渡せます」
兵に導かれ、官渡を見下ろす。
「…………!」
その光景を目の当たりにした蘭丸は声が出なかった。
信長や蘭丸の時代。
それほど多くの合戦を経験してきたわけではないが、数万の軍同士がぶつかる合戦も極稀で、数十万の軍勢など見たこともない。
官渡を攻撃する兵だけではなく、騎馬隊の規模、城を攻撃する兵器群の数々。そのすべてが日ノ本とは違いすぎていた。
「これは信長様にもぜひお見せしなければ。そうしなければこの世界では生き抜けない気がする」
曹操や劉備、松永らとこの世界で戦ってきたが、それは今まで経験してきた類の合戦とそれほど変わりない。
だが今目にする風景は全く経験のない初めてのものであった。
「さて、官渡城へ向かおう」
蘭丸は兵を促し、小山を降り官渡城の裏手、許都へ繋がる道から入城した。