道三はその日の内に、身支度を整え、袁紹の陣へと向かった。
道三ならば利政の名で劉備の軍師をしていた実績もあるし、劉備を訪ねた風を装えば、袁紹の陣に潜入も容易いだろう。
また潜入さえしてしまえば、袁紹の弱点を掴むこともできようと信長は考え、道三に話を振った。
道三もその意を即座に読み取り、行動に移した。
数日経ち、その狙いは見事に的中した。道三が劉備を訪ねてきた、と言っただけで簡単に内部に入りこむことができたのだ。
人は勝ちに驕るとここまで警戒心が薄れるものなのか、と心の中で呟く。
そこでは、なんの制限がされるでもなく、かなりの情報が飛び交っていた。
曹操を官渡に追い詰めた袁紹は、
他にも、城内に侵入するために地面を掘り進む軍、曹操の輸送隊を襲撃する部隊も編成され、態勢だけは盤石であった。
もっと細かな情報を得ようと、さらに陣内を見聞していると 、道三にぶつかって来た男がいた。
「こんなところに突っ立っておるな」
いきなり道三が怒鳴られた。
見ると顔は茹でた蛸のように赤く染まり、目は血走り、酒の匂いを撒き散らし、ふらふらしながら、なんとか立っている。
「いや、これは良い気分のところを失礼いたした」
騒ぎはまずい、と道三は酔っ払いに逆らわずに頭を下げた。
「良い気分だ?儂の何を知っていると言うんだ」
男がさらに道三に絡んできた。
直、初老を迎えるであろう年頃の男は、細目で目尻が釣り上がっており、鼻と口は小さい。
例えるなら、狐のような顔である。
(面倒くさいのぅ……だが)
道三は声や顔、態度には出さず、さらに腰を低くして謝罪した。
「申し訳ございませぬ」
「ふん。儂は今、袁紹めのせいでものすごく腹立たしいのじゃ。気をつけよ」
「そうでしたか。しかしなにやら憤懣やるかたなしといったご様子。よろしければ話を伺いますぞ」
「酒はあるか?」
「ご馳走いたしましょう」
戦陣とはいえ、これだけの将兵がいれば、一個の町と化す。
道三は酒を買うと酔っ払いの手を取り、人気のない場所へ連れ出すと酒を振る舞った。
「儂は劉備殿の軍師を務めておった利政と申す」
「ほう、劉備の。儂は袁紹の軍師団の
酔いも手伝っているのか、極めて傲慢な態度で話す男であった。
「それで、なぜそんなに荒れておるのかな?」
「うむ、袁紹じゃ。儂の献策した作戦を採用せんのだ。儂の案ならば簡単にこの戦も終わるというのに」
「ほぅ、それはどんな策かな?よろしければ教授願いたい」
傲慢な相手には下手にでるのが良い、と道三はへりくだったような態度で許攸に尋ねた。
「軽騎兵で許都を奇襲せよと進言したのよ。おぬしも軍師であるならば、この策の有用性わかるであろう?」
「官渡に曹操軍が集結しておるからのう」
「だがな、儂の甥が粗相して監獄に入れられることがあったのじゃ。それがあって袁紹めは、犯罪者が身内にいる奴の策は危なくて使えぬ、とぬかしおった」