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第14話

「貴様がこの軍の大将か。俺を殺したかったら、あんな攻撃では駄目だな」


 張飛がにやりと口を歪める。


「本来ならばその女のような細い首を叩き斬ってやるのだが、貴様は運がいい。敗走中の我らの大将もそろそろ逃げきった頃であろうし、俺も退こう。次はもう少しまともな攻撃を期待しておるぞ」


 そう大口を開けて下品に笑うと、劉備の後を追い去っていった。


 半兵衛は冷静を装うも、その白い顔に血管が浮かび上がるほど憤怒していた。


 部下が追撃の有無を尋ねるが、一休みして官渡に向かうことを告げ、頭を冷やすために自身、馬を降り、腰を落ち着けた。


「竹中様、お休みのところ申し訳ございません。曹操殿の配下の御方が見えておりますが」


「曹操の?わかった、通せ。ただし警戒は怠るな」


 それからすぐに部下が将を連れてきた。その将は戦いの跡のためか、恰好は砂埃や血が撥ねたりして汚れてはいるが、凛とした態度で半兵衛の下に歩み寄った。


 半兵衛も立ち上がり迎える。


「曹操様の配下の徐晃と申す。先程の様子、始終拝見しておりました」


「左様でしたか。我らは曹操殿の盟友織田信長の麾下の者でございます」


「やはりそうでしたか。許都で見た旗印と同じな気がしたので」


 徐晃は自身の服に右手をこすりつけると、そのまま半兵衛に差し出した。


 半兵衛はそのがっしりとした堅い手を握り、


「貴公が徐晃将軍ですか。私は織田軍参謀の竹中半兵衛と申す。我が殿の命により、援軍に馳せ参じた」


と、自己紹介した。


「軍師殿でしたか。お見事な采配でござった。援軍かたじけない」


「いえ、敵将一人すらまともに討てぬようでは……まだまだ研鑽せねば」


「張飛ならば仕方ありますまい。奴は人間離れしすぎている。関羽殿より強いという噂、案外馬鹿にはできませんな」


 徐晃が苦笑を交えながら話す。


「ところで徐晃将軍はなぜこの辺りに?」


「先程まで袁紹麾下の文醜軍と戦っておりました。大将を討ち、兵は追い払ったのですが、偶然さっきの張飛と出くわしまして」


 徐晃は頭を搔き、恥ずかしそうにしている。


「貴軍が劉備の後ろを突かねば、危ういところでした。さて、とりあえず進みながら話しませんか?官渡まで案内いたします」


 徐晃に連れられ、半兵衛は曹操が陣頭指揮を執る官渡城に到着した。


 官渡城から曹操自身が出迎えにくるほどの歓待ぶりで、劉備軍を追い散らした経緯を聞くとさらに喜びを露わにし、馬を並べて歩くほどであった。


「北海での戦の様子は臧覇の遣いより聞いておる。難敵であったようだな」


「はい。松永久秀は奸智に長けた雄。信長様もさぞ苦戦されたことでしょう」


「うむ。信長殿が到着したらねぎらいの宴でも開くとしよう」


 曹操は優しげな顔で微笑んだ。


「ところで半兵衛よ。儂が今対峙している袁紹も相当の難敵。この先も苦戦が予想される。そこで貴殿の知恵を貸してはもらえぬか」


 曹操は笑顔を曇らせ、心中を吐露した。


 本音かどうかは表情や態度から判断はできかねる。試されてるようにも思える。


「兵糧」


 半兵衛は一言だけ答えた。


 曹操の眉が一瞬ぴくっと動いた。


「やはり兵糧か」


「はい。数十万と謳われる大軍ですから、糧道の分断や補給路の封鎖は痛手となるのではないでしょうか」


「ふっ、信長殿は良い軍師を従えておる」

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