「貴様がこの軍の大将か。俺を殺したかったら、あんな攻撃では駄目だな」
張飛がにやりと口を歪める。
「本来ならばその女のような細い首を叩き斬ってやるのだが、貴様は運がいい。敗走中の我らの大将もそろそろ逃げきった頃であろうし、俺も退こう。次はもう少しまともな攻撃を期待しておるぞ」
そう大口を開けて下品に笑うと、劉備の後を追い去っていった。
半兵衛は冷静を装うも、その白い顔に血管が浮かび上がるほど憤怒していた。
部下が追撃の有無を尋ねるが、一休みして官渡に向かうことを告げ、頭を冷やすために自身、馬を降り、腰を落ち着けた。
「竹中様、お休みのところ申し訳ございません。曹操殿の配下の御方が見えておりますが」
「曹操の?わかった、通せ。ただし警戒は怠るな」
それからすぐに部下が将を連れてきた。その将は戦いの跡のためか、恰好は砂埃や血が撥ねたりして汚れてはいるが、凛とした態度で半兵衛の下に歩み寄った。
半兵衛も立ち上がり迎える。
「曹操様の配下の徐晃と申す。先程の様子、始終拝見しておりました」
「左様でしたか。我らは曹操殿の盟友織田信長の麾下の者でございます」
「やはりそうでしたか。許都で見た旗印と同じな気がしたので」
徐晃は自身の服に右手をこすりつけると、そのまま半兵衛に差し出した。
半兵衛はそのがっしりとした堅い手を握り、
「貴公が徐晃将軍ですか。私は織田軍参謀の竹中半兵衛と申す。我が殿の命により、援軍に馳せ参じた」
と、自己紹介した。
「軍師殿でしたか。お見事な采配でござった。援軍かたじけない」
「いえ、敵将一人すらまともに討てぬようでは……まだまだ研鑽せねば」
「張飛ならば仕方ありますまい。奴は人間離れしすぎている。関羽殿より強いという噂、案外馬鹿にはできませんな」
徐晃が苦笑を交えながら話す。
「ところで徐晃将軍はなぜこの辺りに?」
「先程まで袁紹麾下の文醜軍と戦っておりました。大将を討ち、兵は追い払ったのですが、偶然さっきの張飛と出くわしまして」
徐晃は頭を搔き、恥ずかしそうにしている。
「貴軍が劉備の後ろを突かねば、危ういところでした。さて、とりあえず進みながら話しませんか?官渡まで案内いたします」
徐晃に連れられ、半兵衛は曹操が陣頭指揮を執る官渡城に到着した。
官渡城から曹操自身が出迎えにくるほどの歓待ぶりで、劉備軍を追い散らした経緯を聞くとさらに喜びを露わにし、馬を並べて歩くほどであった。
「北海での戦の様子は臧覇の遣いより聞いておる。難敵であったようだな」
「はい。松永久秀は奸智に長けた雄。信長様もさぞ苦戦されたことでしょう」
「うむ。信長殿が到着したらねぎらいの宴でも開くとしよう」
曹操は優しげな顔で微笑んだ。
「ところで半兵衛よ。儂が今対峙している袁紹も相当の難敵。この先も苦戦が予想される。そこで貴殿の知恵を貸してはもらえぬか」
曹操は笑顔を曇らせ、心中を吐露した。
本音かどうかは表情や態度から判断はできかねる。試されてるようにも思える。
「兵糧」
半兵衛は一言だけ答えた。
曹操の眉が一瞬ぴくっと動いた。
「やはり兵糧か」
「はい。数十万と謳われる大軍ですから、糧道の分断や補給路の封鎖は痛手となるのではないでしょうか」
「ふっ、信長殿は良い軍師を従えておる」