目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第12話

 文醜に続いていた兵たちは、虚を突いた曹操軍によって散々に撃ち破られた。馬首を返し逃げるも、後から続々と味方の兵が現れ、混乱に拍車を掛ける。


 落ち着く間もなく、徐晃が攻撃を仕掛け、今まで逃げてきた道の林の入り口まで追った。


 林を抜けたところで、徐晃は不意に馬を止めた。


「徐晃将軍?」


 部下が集結し、徐晃の心配をする。徐晃は返答せず、じっと真っ正面だけを集中して見つめている。


「お前達は退け」


 脇目も振らず、短く部下に命じる。


 猛獣が虎視眈々と獲物を狙っている、そんな感覚を徐晃は肌で感じとっていた。


 敵の姿は見えないが、それが発する気は鳥肌が立ち、生きた心地がしないほど。


 徐晃は戟を構え、襲撃に備えた。緊張からか恐怖からか、冷や汗は止まらず、戟を持つ手が小刻みに震える。


 どれ位の時間が経っただろう、やがてそれは更に強烈な気を帯びやってきた。


 腕や胸板が徐晃の倍ほど厚く、口の周りには短く固そうな髭を生やし、目は飛び出しそうなほど見開かれている。


 手には刃が蛇のようにうねる矛をもち、その矛も関羽の青龍偃月刀以上に重量感のある代物である。


「少しはできる奴がいるかと思ったら、貴様か」


 鋭い眼光が徐晃に突き刺さる。


「張飛か」


「ふん、首を落とす前に聞きたいことがある。関羽はどこだ?」


 張飛は蛇矛の先端を徐晃に向け威圧した。


「答える義理はない」


 徐晃は負けじと張飛に戟を向けた。


「そうかい。ならば……死ね」


 言葉が終わるよりも早く、張飛は蛇矛を片手で振り回し、徐晃に斬りかかった。


「くっ……」


 徐晃は張飛の乱撃を必死で食い止めた。だが一撃一撃が非常に重く、受けているだけでも骨が軋む。


「関羽の居所を話す気になったか?」


 張飛が乱撃を絶え間なく繰り出しながら尋ねる。これだけの猛襲を仕掛けながらも、まだ余裕があることに徐晃は驚愕した。


 反撃する隙もなく、じりじりと押されていく徐晃。


 そんな徐晃の背後から、突如数人の兵が姿を現し、張飛へと向かっていった。


「徐将軍、今の内に早くお逃げください」


「お前たち……逃げろと……」


 話している間に、兵の一人が徐晃の馬の尻を槍で叩いた。馬は驚き、徐晃を乗せたまま逃げ出した。


「雑魚どもが」


 張飛の一振りで兵の体が真っ二つに割れる。徐晃は馬を御して、兵らの救助に向かおうとしたが、すでに手遅れ。


 兵らはもはや人の形を成していなかった。


 張飛は蛇矛についた血液をぴっと振り落とすと、ゆっくりと徐晃へと馬を向かわせた。


 徐晃は立ち止まったまま、戟を構え直している。


「観念したか」


 その姿を見て、張飛は重圧的な声で威嚇した。


 徐晃は声を返さず、最初の一撃をかわし、それと同時に攻撃を叩きこむ、その一連の、唯一勝機を見いだせる戦法のために集中していた。


 じわりじわりと距離が縮まる。


 張飛も一撃で確実に仕留めようと機を窺っているのか、なかなか攻撃をしてこない。


 一触即発。


 張り詰められた互いの気に、近くの鳥や小動物たちは恐れ、逃げ惑った。それでもどちらも動くことなく、気を張っている。


「ち、張飛殿、お戻りください」


 張飛の後方から静寂を破る声。


「何事だ?」


 張飛は振り向きもせず、大声で怒鳴った。


「我が軍の後方より、曹操軍と思われる一団が追撃、軍は混乱しております」


 張飛はちっと舌を打つ。


「命拾いしたな」


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?