文醜に続いていた兵たちは、虚を突いた曹操軍によって散々に撃ち破られた。馬首を返し逃げるも、後から続々と味方の兵が現れ、混乱に拍車を掛ける。
落ち着く間もなく、徐晃が攻撃を仕掛け、今まで逃げてきた道の林の入り口まで追った。
林を抜けたところで、徐晃は不意に馬を止めた。
「徐晃将軍?」
部下が集結し、徐晃の心配をする。徐晃は返答せず、じっと真っ正面だけを集中して見つめている。
「お前達は退け」
脇目も振らず、短く部下に命じる。
猛獣が虎視眈々と獲物を狙っている、そんな感覚を徐晃は肌で感じとっていた。
敵の姿は見えないが、それが発する気は鳥肌が立ち、生きた心地がしないほど。
徐晃は戟を構え、襲撃に備えた。緊張からか恐怖からか、冷や汗は止まらず、戟を持つ手が小刻みに震える。
どれ位の時間が経っただろう、やがてそれは更に強烈な気を帯びやってきた。
腕や胸板が徐晃の倍ほど厚く、口の周りには短く固そうな髭を生やし、目は飛び出しそうなほど見開かれている。
手には刃が蛇のようにうねる矛をもち、その矛も関羽の青龍偃月刀以上に重量感のある代物である。
「少しはできる奴がいるかと思ったら、貴様か」
鋭い眼光が徐晃に突き刺さる。
「張飛か」
「ふん、首を落とす前に聞きたいことがある。関羽はどこだ?」
張飛は蛇矛の先端を徐晃に向け威圧した。
「答える義理はない」
徐晃は負けじと張飛に戟を向けた。
「そうかい。ならば……死ね」
言葉が終わるよりも早く、張飛は蛇矛を片手で振り回し、徐晃に斬りかかった。
「くっ……」
徐晃は張飛の乱撃を必死で食い止めた。だが一撃一撃が非常に重く、受けているだけでも骨が軋む。
「関羽の居所を話す気になったか?」
張飛が乱撃を絶え間なく繰り出しながら尋ねる。これだけの猛襲を仕掛けながらも、まだ余裕があることに徐晃は驚愕した。
反撃する隙もなく、じりじりと押されていく徐晃。
そんな徐晃の背後から、突如数人の兵が姿を現し、張飛へと向かっていった。
「徐将軍、今の内に早くお逃げください」
「お前たち……逃げろと……」
話している間に、兵の一人が徐晃の馬の尻を槍で叩いた。馬は驚き、徐晃を乗せたまま逃げ出した。
「雑魚どもが」
張飛の一振りで兵の体が真っ二つに割れる。徐晃は馬を御して、兵らの救助に向かおうとしたが、すでに手遅れ。
兵らはもはや人の形を成していなかった。
張飛は蛇矛についた血液をぴっと振り落とすと、ゆっくりと徐晃へと馬を向かわせた。
徐晃は立ち止まったまま、戟を構え直している。
「観念したか」
その姿を見て、張飛は重圧的な声で威嚇した。
徐晃は声を返さず、最初の一撃をかわし、それと同時に攻撃を叩きこむ、その一連の、唯一勝機を見いだせる戦法のために集中していた。
じわりじわりと距離が縮まる。
張飛も一撃で確実に仕留めようと機を窺っているのか、なかなか攻撃をしてこない。
一触即発。
張り詰められた互いの気に、近くの鳥や小動物たちは恐れ、逃げ惑った。それでもどちらも動くことなく、気を張っている。
「ち、張飛殿、お戻りください」
張飛の後方から静寂を破る声。
「何事だ?」
張飛は振り向きもせず、大声で怒鳴った。
「我が軍の後方より、曹操軍と思われる一団が追撃、軍は混乱しております」
張飛はちっと舌を打つ。
「命拾いしたな」